第11話
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この若い先生の自殺はその後、この事件に連なる人々をそれぞれ死へと追いやった。
自殺した藤田先生は実は優君の父親と不倫の関係があった。
これは危険な大人の痴戯で、それを聞けば人間の愚かさが招く痴情ごとだが、いけないことにこの若い女性は不倫を真の愛に昇華しようとして、幼い優君を手に掛けたことが問題だった。
その生命を奪うまでの彼女の目的は何だったのか?
女とは自分の愛の為に自らとは異なる血の血脈が生きることを許せぬものだろうか?
娘は誰にも気づかれること無く、手紙を置いたのだろう。
藤田先生の引き出しには非常に筆跡が落ちついて書かれた便箋があった。
それが彼女のこの世に残した遺言となった。
『名探偵様
そうです。私が優君を殺しました。私は優君の父上の聡さんと不倫関係にありました。
私は彼を愛す度、母親に連れられてくる優君が心の底から憎らしくなってきたのです。実は私は聡さんとの間に妊娠した子を泣く泣く…手に…いえ、もうこれ以上は言い憚ります。私は自分が得ることができなかった彼の子を手にかけました。愛した彼の子だと言うかもしれませんが、その存在意味など愛の隅に追いやられる女にどんな意味があるでしょうか?世の女性はきっとそう思うはずです。また優君は皮肉なことに私に良くなつきました。この般若のような鬼にです。
名探偵様はもうなぞ解きを終えている筈でしょう。ですがここにあの日の事を書かせてください。
そう、私はあのお遊戯会の日を犯行の日に決めました。多くの人の目がある時ほど、犯人はその姿をくらませられると思ったからです。
私はあの日、優君が誰かと鬼ごっこをしているのを見つけました。そして彼が鬼になってひとり幼稚園を歩いている時、私はちょうど良いタイミングだと思ったのです。
肉屋の配達が遅れていたので、私は自然を装い優君にわざと見つかるように、裏門へ向かう廊下を歩きました。案の定、優君は私を見つけて尾行してきました。勿論、私は後ろから追う優君を知っています。ほくそ笑みました。
般若の嗤いとはどれほどのものか?
わかりますか?
それから私はおもむろに道具部屋の引き戸を開けて、優君が入って来たところ一気に首を絞めたのです。それから跳び箱を開けて、放り込んだ。
それだけです。
私はその時、指輪を取って調理用のエプロンのポケットに入れていたのですよ。それがその時の犯行の為に落ちたようです。私は気づきませんでした。それをあなたが拾っていたなんて。
それから裏口に出て、さも遅れているお肉を待っている誠実な先生を演じて、肉を受け取りました。
あとはあの日その場所に居た全ての人が証言した通り、立花先生と私が優君を探しに行き、縊死した優君を発見した。
ビニールの手袋をした私の指紋はどこにも出てきませんでしたね。それも計算だったのです。食事会ともなれば調理をする為、絶対手袋をしなければなりません。病気の感染もありますから。
ただひとつ心残りは調理するために指輪を外しということですね。指輪など気にする必要などないのに、違いますか?それで何も調理が不潔になると言う理由など本当はないというのに。
しかしそれ以外は何も問題なく、私は皆の盲点ともいうべき死角に入りながら、証拠なき殺人者としてその日を終えました。
指輪を恐れた?それは違いますよ、名探偵様。
確かにその指輪は聡さんから頂いた物です。私との将来を誓う証に。
私はその発見を恐れたのではありません。だって聡さんが黙っていれば問題ないのですし、実際彼は私を責めませんでした。
しかし
その指輪の真の所有者真の所有者は驚いたでしょうがね。
如何でしたか?
私の殺人劇は名探偵様の推理に符合するでしょうか?
しかしながら最後に付け加えさえていただきます。
いくら名探偵とはいえど、これから起こる惨劇は止めることはできないでしょう。
せめて般若のような鬼女が仕掛けた最後の復讐劇を見届けて下さい。
私はこの世に遺髪一つ残すことはありません。勿論、あなたからのお手紙も。
そうですね、せめて指輪だけ残しておきます。
Kにお伝え下さい。
天罰があなたにも下りますように、と 』
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