19、アンバランス
帰宅後、少し早い昼ご飯を食べてから、美紀にLINEを入れた。
『久しぶり。元気にしてた?』
すると、すぐに美紀から返事が来た。
『元気にしてたよ』
意外とシンプルな回答だったので、僕はどう続ければいいか悩んだ。だが、僕が書き込む前に、美紀からもう一つメッセージが来た。
『今日は休みなの?』
『そうだよ。どこかで会おうか?』
僕は思い切って、〈どこかで会おうか?〉と入力した。そうでもしないと、美紀に悪いと思ったのだ。
『うん、いいよ。どこにする?』
こうなると難しい。パッと思いついたのはさっきの喫茶店だが、そればかりでは味気ないだろう。僕は晃子とのやりとりした経験から、こういう場合、無理にでも華やかな街を提案したほうがいいと判断した。
『渋谷はどう?』
『いいよ。ハチ公前?』
ハチ公前に集まるなんて、この歳になると想像しただけで気恥ずかしいが、そんなことを言っては美紀をがっかりさせるだろうと思い、それに乗ることにした。
『じゃあ、ハチ公前に。1時ごろ』
『了解』
美紀は薄いピンク地のTシャツと、デニムのホットパンツという格好で現れた。そんな美紀の姿は見たことがなかった。いつもは長めのスカートでカーディガンを羽織り、黒縁の眼鏡をかけている。僕はかなり近くに来るまで、それが美紀だとは思わなかった。
「お待たせ」
「おお……」
美紀は挨拶に敬語すら使わなかった。僕は何も言えず、美紀の姿に眺めいってしまった。ふと気付いて美紀の顔を見ると、そんな僕のようすにご満悦のようだ。こうして見ると、美紀もまたついこの間まで10代だった女子大生であり、渋谷にいても違和感のないクールなギャルなのだと気付かされた。それに対して僕の格好が控えめすぎて、明らかに二人のバランスは悪かった。だがすぐに、それは年齢も含め、もともとなのだと気付いた。気後れしてもしょうがない。堂々としていたほうがいい。
「お昼食べたの?」美紀が弾んだ声で訊いた。
「ああ、軽く。食べた?」
「私はまだ」
「じゃあ、どっかでメシにしよう。俺も軽くしか食べてないし」
そして僕たちは歩き出したが、そのとき僕は自然と美紀の手を握っていた。そんなふうにして美紀と歩くつもりはなかったのだが、お洒落をした美紀の手を取らずに隣を歩かせるのは、紳士的でないように感じられた。美紀は表情が明るかった。やっぱり大学生なのだ。
スクランブル交差点の人の波を抜け、緩やかな坂を登る。渋谷はファッショナブルだ。
「今日はいつもと雰囲気違うね」僕は褒めるように、尋ねるように言った。
「だって図書館ではこんな格好できないでしょ」
「こっちのほうが普通なのか?」
「TPOでしょ」美紀が得意気に言った。僕は笑って肯いた。
美紀はだいぶ心が昂っていた。楽しそうで何よりなのだが、その期待の水準に見合うほど僕が何かをできるようには思えなかった。周囲にいる茶髪だったりダメージジーンズを履いたりしている男たちのほうが、やはり同年代なだけに、今の美紀を楽しませることができるのだろうし、何より釣り合いが取れていると思った。そして僕は晃子とは違和感なく隣を歩けていた――。
そんな僕の憂慮を感じ取ってだろうか、美紀は先ほどよりも少し顔を曇らせて僕を見ていた。
「ん? どうしたの?」僕は笑顔で言った。
「なんか考えてた?」
「いいや、ちょっとね……。どの店にしようかなって」僕は努めて明るく言った。
「なんでもいい。杉浦さんの行きたいとこでいい」
「俺はいいけど、美紀ちゃん食べてないだろ?」
「気にしないで。食べなくてもいいし」
「そんなわけないよ」と言いつつ、僕はできるだけ安く済ませたかったので、美紀がそう言うなら、と思い、安価なチェーン店を探した。だが、ちょうどいいのは、やはり〈マクドナルド〉だった。
僕は恐る恐る、「じゃあマックにしようか?」と言った。美紀は「いいよ」と笑顔で返した。だが、後ろめたさがある僕の目には、美紀がその表情の裏で、うっすら悲しみを感じているように見えた。
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