第43話 そして俺と先輩の舞台の幕があがる
「はっはっは~! どいたどいたぁっ! お姫様のお通りだぞ~!」
「神楽坂お前……あ、すいません。ちょっと失礼しますね」
俺の手をしっかり握って、先導する神楽坂先輩と正宗先輩が人込みの中をかき分ける。
途中、風紀委員会の誰かが描いたであろう『廊下は慌てず静かに歩きましょう!』というポスターが視界の端に映る。生徒の模範であるべき生徒会のメンバーたちが率先して真逆のことをしているわけだが、それについては、文化祭後、羽柴先生あたりから徹底的に絞られるだろう。
だが、なぜだろう。今、この瞬間がとても楽しく感じる。胸の鼓動が高鳴る。走っていることによるものではなく、もっと別の気持ちいい何か。
「――ん? おお、お前ら! これから出番かあ?」
「難波先輩!」
人混みの中でもひときわ目立つ巨漢の元生徒会長が、俺たちの方へ向けて手を振る。隣には二瀬先輩がいて、どうやら二人で回っているようだ。
「三嶋君、文化祭、楽しんでるか?」
「ええ、おかげさまで! 楽しすぎて目が回りそうです!」
「はは、みたいだな。顔に出てる」
すれ違うざま、難波先輩からポンと頭を叩かれた。
「俺たちもすぐ行く。客席からちゃんと見てるからな」
先輩たちとともに会釈し、通用口側から体育館内へ。
「大和先輩、九条先輩。すいません、遅くなりました!」
「よかった、間に合ったね」
「三嶋君、すぐ準備。一分後に幕上げるから、そのつもりで」
急いでステージの脇へ行き、大きく深呼吸する。劇は、お姫様の長台詞から始まる。男なので、最初のうちは笑われるだろうが、それは想定内。その後が受けるかどうかは、俺や先輩の演技次第だ。
「頑張ってこい、トモ」
「心細くなったら、こっちを見ろ。私たちがいる」
頷いて、俺はステージの中央へ。その場に座り、出だしの一言を、反芻するようにして呟いた。
『それでは各委員会および生徒会による劇を始めます――』
ナレーションが入り、体育館の照明が落とされる。同時に、スポットが俺に当てられた。
「じゃあ、行くわよ」
九条先輩から合図が飛んだ瞬間、おろされていた緞帳がゆっくりと開いていく。
「すう……」
『――ああ、私はなんて罪なひとなのでしょう』
注目が集まる中、大きく息を吸い込んだ俺は、声がかすれることのないよう細心の注意を払って、出来る限りの大声で最初のセリフを口にした。
※
最後のセリフが終わり、幕が完全に閉じた瞬間、自然と沸き起こった拍手が、体育館全体へと広まって大きな声援となった。
「なんだよ、やっぱ生徒会やるじゃん!」
「意外に役にハマってたぞ、お姫様役の男子!」
外部からの客もいるが、全体のうちの半分は概ね一般生徒である。毎回、生徒会は人気投票の上位ということあり、面白いものが見れると期待して来ることがほとんどなのだ。
演技する当事者からすれば不安だったが、どうやら期待に恥じぬ出来と受け取ってくれたようだ。
緊張もあって、多少セリフにつまったところもあったが、先輩や橋村のフォローもあってなんとか誤魔化すことができた。
「トモ、お疲れ様」
「はい。なんとか上手くまとめられて、本当によかっ――」
役をやり遂げた安堵からか、ステージ脇にたどり着いたところで足元がふらついた。今までずっと張りつめていたから、疲れがどっと押し寄せたのかもしれない。
「「っと」」
バランスを崩したところで、神楽坂先輩と正宗先輩が同時に俺のことを受け止める。
「神楽坂、お前も疲れているだろう。三嶋のことは私に任せておけ」
「トモは私の部下だぞ。上司が部下のことを介抱するのが筋なんだから、そっちこそ余計なことをしないでもらおうか」
「「……」」
「なんで劇が終わってもお姫さま取り合ってんすか。ウケる」
「……お前は笑ってないで止めろよ」
「はいは~い」
俺を挟んで静かに視線をバチバチさせている先輩たちを、橋村が間に入って宥める。立ち眩みもすぐ収まったので、すぐに衣装を脱いで、近くに置かれていた体操用のマットに横になった。
「三嶋君はしばらくそこで休んでなさい。静、三嶋君の看病、お願いしてもいい?」
「ああ、問題ない」
「え? いや、トモの看病なら私が」
「アンタは私たちと一緒に投票箱の集計と、それから後夜祭の準備。生徒会長でしょ」
「っ……なら仕方ない。正宗、言っておくが、トモに変なことするんじゃないぞ」
「するか。早く行け」
しっし、と神楽坂先輩を追い出して、俺は正宗先輩と二人きりになった。
この後、ステージは、投票結果が発表されるまでは使われないので、神楽坂先輩あたりが『いっけない忘れ物忘れ物~』などと乱入してこない限り、しばらくはこの状態で過ごせる。
「三嶋、水もってきたぞ。ほら飲め」
「ありがとうございます」
体を起こして先輩から水筒のコップを受けとり、ゆっくりと水分補給する。喉を通っていく冷たい水が、緊張で火照った体温を徐々に下げていった。
「……み、三嶋」
飲み終わったところで、正宗先輩がマットの上に正座し、ぽんぽんと自分の太腿を叩いている。
「あの、正宗先輩、それはその……」
「マ、マットに直じゃ固いだろうと思って……もし嫌だったら止めるが」
「あの、そ、それ、じゃあ……」
お言葉に甘えて、俺はゆっくりと正宗先輩の太腿に頭をのせる。
「か……硬くないかな? こんなことするの私も初めてだから……勝手がわからなくて」
「いえ、だ、大丈夫だと思います」
硬いわけがないが、しかし、柔らかくて気持ちいいですとも言いづらい。というか、緊張で感触すらはっきりしない。
すぐ上を向けば正宗先輩の顔があるのだろうが、その勇気がない。見つめ合って、いったい何を話せばいいのかわからない。
難波先輩なら、そんなこと気にせず冗談交じりに話せたりするのだろう。だが、俺にはその経験値が圧倒的に足りていなかった。
「今日は良く頑張ったな。なんと言っていいかわからないが、お前の演技、とても良かったと思うぞ。まるで本当にお姫様がそこにいたような気がした」
「それは言い過ぎなような……先輩こそ、初めての演技とは思えないぐらいカッコよかったですよ。お姫様が最後に選んだのもわかる気がします」
「まあ、死んだあとだけどな」
お姫様は紆余曲折を経て平民出の騎士を選ぶのだが、その時にはすでに戦闘中の事故で死亡した後だった――というところで、物語は終わる。
好きなら最初からそっちを選んでおけよと言われるとそれまでなのだが、今、俺が置かれた状況と重ね合わせると、九条先輩が考えたお姫様の気持ちも、なんとなく理解出来る気がする。
好きになって、一度立ち止まって、そこでようやく一歩進む決断ができる。
「正宗先輩、あの……」
意を決して、俺は正宗先輩のほうを向いた。先輩はずっと俺のことを見ていてくれたようで、すぐに目が合った。恥ずかしくて、頬が熱くなる。
「っ……こ、こっちを見ないでくれ……その、ちょっと恥ずかしいから……」
正宗先輩が焦った様子で俺から目をそらす。耳の先まで真っ赤で、その表情は、率直に言ってとても可愛らしかった。
他人に厳しく、自分にも厳しい。でも、ちょっとだけお茶目な一面を見せる、そんな鬼の風紀委員長。
「あの……し、静先輩」
「し、しず……は、はいっ!」
俺が名前を呼んだ瞬間、正宗先輩の体があきらかに硬直する。びっくりされてしまったが、嫌というわけではないようだ。
「後夜祭でお話したいことがあるので、少しだけ時間をもらえませんか?」
「え……あ、う、うん。大丈夫、だと思う。……もちろん、他の皆には内緒、だよな?」
「はい、もちろん」
難波先輩から言われた後、ずっと俺は悩んでいた。正直、今もどちらが俺にとっての正解かはわからない。
だが、いつまでも引き延ばすことはできない。来年になれば、先輩たちは受験シーズン真っ只中だ。先輩たちには、なんの憂いもなく受験に臨んで欲しいのだ。
「じゃあ、後夜祭のキャンプファイヤ―の時に、生徒会室で。それでいいか?」
「はい。では、その時に」
だから、答えを出すのは、今しかない。
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