第38話 俺は先輩に訊かれる
「俺、ですか?」
「ああ。まあ、所詮俺は『壁』だから、流してもらっても構わないんだが、一応、言っておこうと思ってな」
個人的には今まで一番の出来だったと思う。初めて生徒会のメンバー以外に見せる演技だったので緊張はしたが、セリフに詰まるところもなかったし、全て九条先輩の指示通りにこなせたはず。
「そうかしら? まだ少し恥じらいが抜けてない感じはしたけど、その他は問題なかったと思うわ。波はどう思う?」
「正宗ちゃん、もしかしてさらし巻いてる?」
「巻いてますが……それより、今は三嶋のことです。深上先輩はどう思いましたか?」
「いいんじゃない? 学生レベルの演劇にこれ以上何を求めるつもりだこの壁野郎って感じ」
二瀬先輩と深上先輩は及第点の評価で、意見が割れた。
「難波会長には申し訳ないですが、私も二瀬先輩や深上先輩と同じ意見です。特に変更するところはないかと。……良ければ、詳しく訊かせてくれませんか?」
「ああ。ただ、あくまで参考程度に留めておいてくれよ? そこの二人が言うように、悪くはない。それは間違いないんだから」
そう前置きして、難波先輩は話を始める。
「まず先に言っとくと、三嶋君の演技の全てが悪いわけじゃない。一人のときだったり、そこの橋村ちゃんとの絡みは完璧だと思う」
「そこは問題ないと、いうことは」
残りは一つしかない。
「うん。神楽坂と正宗、っていうか、二人の騎士だな。そこと絡むときに、なんかよそよそしい感じがしてさ。何か遠慮してるっていうか」
「っ……」
その言葉に、内心ぎくりとしたのは俺だった。
さっきも言った通り、さきほどの演技は、俺の中ではこれまでで一番の出来だった。それは間違いない。
だが、それはあくまで『これまでで』一番であって、完璧にこなせたと自信をもって言えるわけでもなかったのである。
「この劇ってさ、恋の行方もそうだけど、その過程で二人の騎士の間をこっちにふらふらあっちにふらふらする姫様のダメさ加減も実は肝だったりするだろ? 許嫁に説得されて下っ端騎士を遠ざけたり、それでもあきらめない下っ端騎士のアタックにほだされて深夜にこっそり密会しちゃったりさ」
「ですね。結末が若干後味悪いので、うまくコメディーっぽい雰囲気を出そうというか」
脚本を全体通して読む限り、俺が役を務める姫様は防御が弱い設定である。優柔不断でその場の空気によく流されてしまい、心変わりの度に二人に不誠実な態度をとる。酷い言葉も浴びせる。
演技なのだから、そんなもの気にせずクズになりきってしまえばいい――そう考えるのだが、神楽坂先輩と正宗先輩、二人の顔を見ると、どうしても遠慮してしまうのだ。
「なるほど。言われてみれば確かにそんな気も……」
「そうか? まあ、九条の脚本がやけに振り切ってるから、優しい三嶋には言い慣れない言葉も多いのだろう。私が姫役でも、正直ちょっと躊躇する」
「三嶋君、一回だけでいいから、本気で二人に向かって罵倒してみてくれないか? 台本の中のどれか一言でいいから」
「ええ、っと……じゃあ」
原因はわかっている以上、難波先輩の指示に従うしかない。
……では、思い切って。
『もうあなたの顔なんて二度と見たくないっ! 汚らわしい獣! その瞳に見つめられるだけで、私は寒気で気絶してしまうのですっ、消えなさいっ――!』
「「っ……!」」
俺が激しく罵倒セリフを吐いた瞬間、二人の表情が一瞬硬直する。
もしかして、ちょっと動揺しているだろうか。
「あの……先輩方?」
「ん? どうしたトモ? 今の演技、とてもよかったじゃないか。なあ、正宗?」
「ああ。素人でもわかる迫真の演技だったな」
それにしては二人とも随分と目が泳いでいるような。
「……ねえ、三人とも。今のシーンだけやってみてもらていい? 三嶋君、今の感じ、もう一回大丈夫?」
「はい」
九条先輩の指示通り、三人が絡むシーンで俺は同じセリフを叫んだ。
もちろんこれはあくまで演技なので本気ではないのだが、
「な、ななにをいい言ってるんだいひひめ」
「あああなたたとととあろうものがななんてははしたな」
「動揺しすぎよ、あなたたち……」
噛みまくりの神楽坂先輩と正宗先輩を見て、二瀬先輩が肩をすくませる。
どうやら、演技を演技として割り切れていないのは、二人とも同じだったようで。
※
橋村がバイトのため抜けた後、俺と先輩たちは罵倒のシーンを重点的に練習するようにした。
『バカっ』
「あうっ……」
『クズっ』
「くっ……」
俺が罵倒し、先輩たちがそれに耐える練習。
これが劇の練習でなければ、何事かと思われるだろう。実際、普段活動を見に来ない羽柴先生ですら念のため顔を出すぐらいだった。
「はあ……きっつ……」
午後の練習がひと段落して、俺は大きくため息をついた。
演技とはいえ、こんなに人を罵倒することは、後にも先にも今回だけだろう。
精神的にも体力的も疲れ果てていた。
「よう、三嶋君。お疲れ! ほら、差し入れ」
「ありがとうございます」
俺がスポーツドリンクを受け取ると、難波先輩は俺の隣にどっかと腰を下ろした。
同じ高校生のはずだが、大人と子供ぐらい体格に差がある。いったい何を食べたらここまで大きくなるのだろう。
「そういえば会長と正宗先輩はどこに? 確か、二瀬先輩と深上さんに連れられてどこかに行ってましたけど」
「あいつらは晩飯の準備。せっかくだし、外でバーベキューでもと思ってな。ああ、もちろん
神楽坂先輩はまだ戦力にならないだろうが……そこは他の三人がフォローしてくれるだろう。
多分、今ごろまた野菜クズを散らかしている。そのことを想像して、思わず噴き出した。
「生徒会、楽しそうだな」
「はい。先輩たちのおかげで、とても」
「そっか。ならよかった。こうして会うのは今日が初めてだが、話は神楽坂から聞いていたからな」
当時の俺の状況は事細かに伝えていたのだろう。
もしかしたら、俺への接し方も難波先輩から相談を受けてのものだったのかもしれない。
多少抜けているところがありつつも、不思議な魅力とリーダーシップを備える前生徒会長。神楽坂先輩が頼りたくなる気持ちもわかる。
もしかして、神楽坂先輩の喋り方が微妙に難波先輩に似ているのは――。
(……あれ?)
そこで俺は、胸のあたりにいいようのない違和感を覚える。
「三嶋君? 急に冷たいもの飲んだから、腹でも痛くなったか?」
「い、いえ、なんとも」
なぜだろう。急にもやもやとした気分になる。
別に神楽坂先輩が誰に好意を抱いていようと、それは先輩の勝手だ。俺と先輩は付き合っていないし、俺だって、今は正宗先輩のことが好きなのだから。
だが、どうしてもすっきりとしない。
神楽坂先輩が三年生三人と談笑していた時、特に、難波先輩と話していた時の神楽坂先輩の顔を見ると、妙に嫌な気分になるのだ。
(もしかして、俺……)
「なあ、三嶋君。一つだけ確認したいことがあるんだが、」
ふと自覚した『とある感情』に俺が戸惑っていると、
「神楽坂と正宗……どっちが好きなんだ?」
「え?」
難波先輩から直球が投げ込まれた。
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