第3話 俺には最近気になる人がいる


 ――ピロリン、ピロリン。


 翌早朝、俺はスマホからの着信音で目覚めた。カーテンの隙間から差す光はまだ薄いが、いつもの起床より一時間は早いが、今日はこの時間に登校だ。


『モーニングコール』


 手を伸ばして、スマホアプリを起動すると、それだけ記されたメッセージが届いている。


「……使いこなせるんだか、いないんだか」


 すぐさま俺は体を起こして、顔を洗う。昨日は早めに寝たので、寝不足ということもない。気持ちのいい寝起きだ。


「ん~、おはようお兄ちゃん……今日は朝早くからキモいぐらいに元気だね」


 素早く制服に着替えて、今日の分の支度を整えていると、頭をふらふらと揺らした妹が階段から降りてくる。昨日も夜更かししたのだろう……明るい色の茶髪がボサボサである。


「別に普通だろ。あ、朝飯、作っといたから。父さんと母さんにも言っといてくれ」


「ふあ~い……あ、お兄ちゃんいってら~」


「ああ。お前も遅刻はすんなよ」


「ん~」


「じゃあ、行ってきます」


 聞いているのかいないのかわからない返事の妹に言って、俺は家を出た。


 俺はふたたびスマホの画面を眺める。


 メッセージを送ってきた正宗まさむね先輩という名前と、恥ずかしそうにカメラから目線をそらしている顔が設定されているアイコンに、俺は自然と頬を緩ませる。


 俺には最近、気になる人がいる。




「――やあ。ようやく来たな三嶋」


 朝練のために登校している生徒たちに交じって校門をくぐると、すでに俺のお目当ての人は、仁王立ちで待ち構えていた。


「おはようございます。正宗先輩」


「うん。私のモーニングコールはどうだった?」


「ばっちりです。おかげで集合時間五分前に遅れずにすみました」


「そうか、ならよかった」


 彼女は正宗静まさむねしずか先輩。生徒会メンバーの一人で、後ろでまとめた長いポニーテールがトレードマークの風紀委員長だ。今日は抜き打ちの生活態度チェックで、髪の長さや服装の乱れがないかの検査に俺は駆り出されたわけだ。


 本来なら他のヤツが当番だったのだが、どうしてもということで俺が代わりに出てやることにしたのだ。


「三嶋、ではまずはお前の生活態度からチェックさせてもらおう。まずは髪の長さから……ほら、頭をこちらに貸せ」


 制服の内ポケットから定規を取り出した正宗先輩が、俺の頭を自分のところに寄せてくる。


 髪の毛のほうは大丈夫だ。校則で定めているところから、大体一センチほど短くしている。生徒会に入るまでは校則違反上等のキノコヘッドだったが、今となっては消したい過去である。


「――うん、全く問題ないな」


 正宗先輩は満足そうに頷くが、俺の方はわりと問題のある状態である。


 理由は、俺の視線の先にある正宗先輩の胸。


 はっきりと言わせてもらうが、まあ、でかい。同身長同体型の神楽坂先輩と較べても、正宗先輩は一回り以上は勝っているのではないだろうか。正宗先輩ならぬ、正胸……いや、これ以上おかしなことを考えるのはよそう。


「ん? どうした三嶋。顔が赤いようだが、体調でもすぐれないか?」


「いえ……あ、鞄のほうもお願いします」


「ん、それもそうだな」


 危ない、なんとか誤魔化すことができた。せっかく正宗先輩にいい印象を持ってもらっているのに、『すいません、胸をガン見していました』なんて言った日には即、背中の竹刀で一刀両断されてしまう。正宗先輩は剣道の有段者でもある。


 鞄の中も問題ないことを確認して、俺は風紀委員の腕章をつけて、生徒指導担当の先生らと、登校してくる生徒たちを待ち構える。俺が男子生徒担当、正宗先輩が女子生徒担当だ。


 髪の長さや、ヘアワックスの有無など、簡単なところをチェックしつつ、俺は横目で正宗先輩のことを見る。


 先輩の真剣な横顔は絵になる。そのぐらい綺麗だと思う。他人には厳しく、自分にはもっと厳しい人。鬼の風紀委員長、名刀『正宗』なんて呼ばれているが、


「……お、おいこら三嶋、何をじっと見つめている。登校する生徒が少ない時間帯だからって、気を抜いたらダメなんだからな」


 真面目に仕事をこなし、認められて仲良くなれば、たまにこうして頬を赤らめて隙を見せてくれたりもする。


 神楽坂先輩に振られたのはショックだったが、しかし、そのおかげでこうして正宗先輩の良さにも気づけたので、それはそれでよかったと思う。


「――なあ、後輩。今日は抜き打ち検査なんだろう? はら、早いところ調べてくれたまえよ」


「あ、はい、すいませ――」


 前を向いたところで、俺は思わず固まってしまった。


「ほら早く。私のスカートだよ。どれくらい膝丈が乱れているか、後輩直々にチェックして欲しいな?」


 俺のすぐ目の前で、神楽坂先輩がスカートをたくし上げていたのである。

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