俺と先輩はつきあっていない

たかた

第1話 俺と先輩は付き合っていない


『――1年3組、生徒会庶務、三嶋朋人みしまともひと君。連絡事項がございますので、至急、生徒会室まで来てください。繰り返します――』


 午前の授業が終わって、昼休み。さあこれから昼メシだというところで、教室のスピーカーが俺のことを呼んだ。


 瞬間、クラスメイトたちの生温かい視線が一斉にこちらに向く。その後、ところどころから俺をからかうような笑い声がかすかに聞こえてきた。


 ちなみに、このクラスに友だちと呼べるようなヤツは誰一人としていない。


 明確にいじめられているわけではないが、遠巻きに嘲笑されている……そんな感じだ。


 まあ、どうでもいいが。


「またかよ、もう……」


 そう呟いて、俺は席を立った。呼び出しにうんざりしているふうを装っているが、本当のところは一秒でもこんなところからは抜け出したい。


 呼び出しをされること自体は、嫌ではない。目立つのがちょっと嫌なだけだ。


 教室を出、俺は手ぶらのまま生徒会室へと向かう。


 以前まではパンなり弁当なりを持ってきていたのだが、余計な荷物になるのに気づいてからはやめた。


「失礼します……って、あれ?」


 ノックして生徒会室の扉を開けて中に入るが、カーテンがかけられて薄暗くなった部屋には、静寂が漂っていた。


「誰もいない……」

 

 自分から呼び出しておいて、いざ来てみれば空っぽとは、いったい何の冗談だろう。


 鍵は開いていたので、誰かが出入りしているのは間違いないはずだが――。


「――ばあっ」


「っ……!?」


 とりあえずカーテンを開けて部屋を明るくしようと窓へと一歩踏み出した瞬間、背後から突然何者かに抱き着かれた。


 背中に感じる柔らかい感触、耳をくすぐる透き通った声は女性のものだ。


 こんなことを俺にしてくる人は、知っている中では一人しかいない。


「ふふん、今日は久しぶりにいたずらしてみました。どう? びっくりした?」


「……会長」


「先輩、だろう? 生徒会活動中ならまだしも、今は昼休みなんだから」


「わかりましたよ、神楽坂先輩」


「ん、よろしい」


 そう言って、生徒会会長を務める神楽坂美緒かぐらざかみお先輩は、俺から離れ……ることはせずに、さらに体を密着させてきた。


「あの、先輩」


「なんだい、後輩くん?」


「その……当たってるんですけど」


「う~ん……わかっててやってるかな?」


 だろうと思った。

 

 この人は俺をそうやってからかうのが好きらしい。何度やっても俺が慣れないから、面白がってやめてくれないのだ。


「とりあえず、離れてくれると嬉しいんですけど」


「え? もっとやって欲しいって? もう、トモ君ったら、仕方ないんだから~」


「言ってないですし。後、どさくさに紛れてトモ君って呼ばないでください」


「なんで? いいじゃないか、トモ君。か、わ、い、い、ぞっ!」


「うぜえ」


 抵抗してなんとか拘束から逃れようとするも、神楽坂先輩はがっちりと俺をホールドして離れてくれない。


 順手と逆手で両手を握っているあたりガチだ。


「……あの~、お二人とも、そろそろいい加減にしてもらっていいです?」


 どうしたら解放してくれるだろうかと考えを巡らせていると、ようやく助け船が。


 新たに生徒会室に入ってきたのは、二人。


「……ちっ、いいところで邪魔が」


「自分で呼び出したくせして何を言ってるんですか、このお馬鹿さんは」


 俺に体重のほとんど預けてぶらぶらさせている神楽坂先輩に容赦なく『お馬鹿』呼びしたのは、同じく生徒会メンバーで会計の九条香織くじょうかおり先輩。銀フレームのメガネがトレードマーク(と俺が勝手に思っている)の、頼りになる人だ。


 ……主に神楽坂先輩のブレーキ役として。


「いや~、本当は僕も早く声をかけようと思ったんだけどね。あまりにも二人が仲睦まじくしていたから、つい」


「大和先輩まで」


 もう一人、九条先輩の横で穏やかなニコニコ顔を浮かべているのは、大和敦やまとあつし先輩。生徒会では副会長を務めている。


「美緒、そろそろ放してやれば? お昼、まだこれからなんだろ?」


「おっと、そうだった。そのために後輩を呼んだんだった。スキンシップに夢中で忘れていたよ」


「主題を飛ばさんでくださいよ」


 あっさりと俺を解放すると、神楽坂先輩は机に置いていた鞄から、今時珍しい唐草模様の風呂敷につつまれた四角い大きな箱を取り出した。


 中身は、漆塗りの四段重ねの重箱。


「ほら、後輩。隣においで。どうせ、お昼は用意してないんだろう?」


「……まあ、いつももらってますから」


 神楽坂先輩の隣に座り、紙皿と割り箸を受け取る。


 重箱には、いつも通り豪華なおかずがたくさん詰まっている。神楽坂先輩は結構な資産家の娘なので、驚くほどのことではない。


「はい後輩、君の大好きな鶏のから揚げ。あ~ん」


「……いや、」


「ん?」


「いや、ん? じゃなくて、お皿に取り分けてくれればいいですから」


「んん?」


「いや、この距離なら絶対聞こえたでしょ」


 しかし、先輩は唐揚げを直接俺の口に持っていって動かない。


「……まったくもう」


 あきらめたように、俺は先輩の差し出したからあげにぱくついた。


「どう? おいしい?」


「もが……おいひいです」


 一口噛む事に、じんわりと漏れ出した肉汁が口の中を満たす。


 いい素材を使っているのもあるが、味付けも俺好みで、とても美味しい。冷えてても、これならいくらでも食べれそうだ。


「……ねえ、そこのバカップル」


「後輩、おにぎりはどれにする? おかか、高菜、鮭、たらこ、それから今日は天むすとあるけど」


「えっと……じゃあ天むすで」


「安定の揚げ物。さすがは男子高校生だ」


「……会長、それに庶務」


「「え?」」


 俺と神楽坂先輩は、そこでようやく自分たちが呼ばれていたことに気づく。


 どうやら九条先輩は俺たちのことを『バカップル』と呼んでいたようだが。


「……あのさ二人とも。一応、一応だよ? 何度も聞くことなんだけどいい?」


「はい」


「うむ」


「二人ってさ、本当に付き合ってないんだよね?」


 九条先輩はどうやら俺たちの仲を疑っているようだが。


「先輩、俺たち、付き合ってないですよね?」


「ああ、付き合っていないな」


 互いに頷き合った通り、俺と先輩は付き合っていない。

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