第6話脱出 3

 ノーフェイスが迫る。いや、頭上から降ってくると言った方がいい。腰のハングランサーのワイヤーを巻き取った時の勢いもあって、ほぼ生身の峰都にとってその光景は大きな瓦礫が頭上に迫っているのと同義であった。


「斬る!」


 峰都が得物を振り上げ、大きく踏み込んだ。ノーフェイスはその巨体に物を言わせて彼を引かせようとするが、それは意味を成さなかった。


 甲高い音が鳴り響く。峰都は得物を振り抜き、ノーフェイスは着地をした。


「バカな!コイツの装甲は――」


「やはり普通の装甲じゃない」


 峰都の得物は刃こぼれの代わりに毛先が毛羽立ったようになっており、ノーフェイスの右脚の装甲のごく一部が切り落とされた。ノーフェイスの背部に乗るクレバーズが驚きの声をあげる。


「もう一太刀……!」


 懐のホルダーから保存処理をした髪束を1つ取り出し、念じる。日本刀のような鋭さを。転身してもう一度脚を狙う。2度同じ場所を狙えばダメージは確実だ。


「やらせるか」


 遠くから、しかしはっきりと冷たい声色が聞こえる。それと共に何かが峰都に向けて飛んでいった。しかしそれに皇が素早く対応する。


「何?くぎ?」


 飛翔物に背を向けている峰都をかばう形で割って入った皇が掌から衝撃を放ち、その何かを散らす。横にそれていったそれは釘やらボルトやらナットやらといった金属製品だった。軌道をそらされたそれらは床やら天井やらに凄まじい勢いで飛んでいき、通路の壁面に傷をつける。

 一方峰都の方はそれを意に介さずノーフェイスに急接近した。ノーフェイスはそれから逃れようとするが、しかし置いてきた仲間が気がかりなのか思い切りのよい逃げというわけではない。


「迎撃しろよ!」


 クレバーズがノーフェイスの装甲を叩きながら叫んでいる。それに呼応するかのようにノーフェイスは通路の天井に新たに生成したハングランサーを複数射出し、それのワイヤーを巻き取りつつ機体の向きをこちらに変えてきた。機体の手が天井に接触したと同時に金属が意志を持つかのように峰都を襲い始める。


「あの機動性、さすがに追い付けんか!それに……」


 片やマシン、片や生身の人間ではそのパワー、スピードの差は歴然だ。それにあの金属を操る能力、敵は夜光だと結論付けざるをえなかった。何かを操る体質の中でも金属を操ると言うのはそれほどに特異なものなのだ。


「峰都!すまない、逃した!」


 後方から強烈な光と共にニールの苦し気な声が届く。自身の体質で影と同化した彼は影と同様に強烈な光を当てられればそこにとどまってはおれず、また退避もできない場合は大きなダメージを負う。全身にやけどしたような怪我を負うのだ。それを何等かの方法で感づかれたのだろう。

 それでも状況報告を欠かさないあたり彼も管制官だ。


「追いつけないというなら片割れを狙う!」


 数瞬でノーフェイスとはかなり距離が離れてしまった。遠距離での攻撃手段を持たない峰都はこれ以上は無駄と判断し、背後にいる2人の首謀者に狙いを変えた。彼らを捕まえられたならノーフェイスの逃げる先を聞き出すことも可能だろう。

 振り返ると遠くにダメージを負い、片膝をついているニールと幻影の男に肉薄され自身の体質の特性を生かせずにいる矢代が見えた。彼らを突破したヘルメットの男と幻影の本体と思しき男は皇の目の前まで迫っている。

 腕や足の1,2本は切り飛ばしても問題ない。


「皇!」


 峰都が一歩踏み込むと、それに呼応して皇が先手を打つ。目標の2人めがけて自身の特異体質を発揮した。

 


***



「衝撃波!次、対処お願いします!」


「対処と同時に突破も行う」


 紛居がリーダーと呼んでいる男、群青は左手から鉄製のワイヤーを複数飛ばして周囲の瓦礫に巻き付け、引き寄せて壁とした。そしてそれが敵の攻撃を耐えている間に連絡通路へと距離を詰める。

瓦礫はいくらかの衝撃の後に粉々となったが、それと同時に紛居が生成した複製体たちが管制官たちに肉薄して時間を稼いでくれ始めていた。


≪お二人さん、こいつに乗ってくれ!≫


通路の奥ではノーフェイスが鉄製の簡易的なそりを生成し、待機していた。二人は無言で頷き、それに飛び乗るとノーフェイスは間髪入れずに連絡通路の出口へと動き出す。


「リーダー、複製が全滅しました」


「ここまで引き離せば問題ないだろう。外に出たらそのまま外壁伝いに地上へ降りてくれ!」


≪中層の高さから降下するなら、腕の損耗具合を考えると……。15分はかかるけど問題ない?≫


「ふむ、それならヤタガラスに運ばせた方がいいか。紛居、確か潜入するときに上層の連絡通路に置いてきた機体があったな?」


「もう出口に待機させてますよ。予定より脱出が遅れてますので」


 ヤタガラスとは都市がまだ各地にあり、栄えていた頃に作られた戦闘機の1つであり、半人型形態に変形できることから離着陸の場所を選ばない優秀な機体だったようだ。


「このまま出たらヤタガラスに乗ってください。そのまま我々の拠点へ戻ります」


≪そんな何十年も前の機体、外じゃまだつかってたんだな≫


「他に使える機体もありませんのでね」


 都市外は基本的に荒廃しており人は住んでいないと言われている。しかし、都市建設の際にすべての人々を受け入れられたはずもなく、都市外で生きる人間たちは実際のところ一定数いる。現在では都市外で暮らす人々は小さなコミュニティを形成し、都市からの廃棄物や廃墟と化した街から物資を漁ってその日暮らしをしている。

 そんな彼らからすればたかが戦闘機1機と言えど動かせる状態で所有していること自体が奇跡的なのだ。


「出口、見えたぞ」


 クレバーズが言うやいなや、薄暗かった連絡通路を抜け、都市の外へとノーフェイスは出ていた。空には灰色の雲が広がり、ぽつぽつと雨が降っている。そこに1機の戦闘機が待機していた。黒く塗装されたそれは半人型形態になっており、その姿はカラスと呼ぶにふさわしかった。


「上に乗ってください。操縦はおまかせを」


 機体のコックピットに滑り込んだ紛居が機体を外壁ギリギリまで寄せて指示をすると、夜光はそれに従ってヤタガラスに飛び乗った。ノーフェイスが飛び乗った衝撃はそれなりではあったがヤタガラスの機体に何ら損傷はなく、そのまま彼らは都市から離れていった。

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