第3話 だらしな嫁とコタツ

「寒い」

 いつものように月がいきなり、そんなことを言った。

「そうか」

「そうかって何さ」


「…まぁ、たしかにこの季節は冷えることは確かだな」

「指先が冷えちゃって、ゲームも上手く操作できないんだけど。ついでに足もとも寒い」

「なら、ゲームをしないという選択肢は?」

「ない」

 月はきっぱりと言い放つ。根っからのゲーム好き、もはやゲーム中毒と言っても過言ではない彼女には、愚問であったかもしれない、と俺は思った。


「暖房の温度、もう少し上げられないの?」

と彼女がそんなことを聞いてきたので、俺は床を立ち、手にしてきた紙切れを月に渡した。

「なにさ、これ?」

「先月の電気代の明細」

「なんで2つあるの?」

「こっちは俺が一人暮らししていた時の電気代だ」

 彼女は2つを見比べ、「ひぇっ」という声を出した。どうやら彼女にも一縷の良心というものは存在していたらしい。


「それはそうとして、寒いものは寒いんだよ」

「そうは言ってもだな…」

 彼女は丁度キリが良かったらしく、俺の方を向いた。

「いや、あんたいつもコタツに入ってるじゃん」

「これは俺の聖域だからな」

 俺は本をコタツの上に置き、座椅子に体重を預け、身体を伸ばしながらそんなことを言った。


「そんなにコタツが好きなの?」

「まあな。それにこのコタツは大学の寮に住んでいる時から使っているもんなんだよ。それなりに思い入れもあるし、何より落ち着くんだよ」

とここまで言い切ったところで、「そんなわけでこのコタツは一人用で小さめなんだ。お前の入るスペースはないぞ。座椅子も一つしかないしな」とこっちをじっと見ながら席を立とうとしている月に対して俺は言った。

彼女はじとりとした目を俺に向ける。そして、「あんたが無駄に身体大きいせいだよ。」と言い放った。


その後しばらく考え込んだ月は顔を上げ「ねぇ」と俺に言った。

「ん?」

「少し座椅子を後ろに引いて、脚を開いて座って?」

 

俺は疑念を浮かべながらも、言われたとおりにしてみる。すると彼女はゲーミングチェアを立ち上がると、なんと、俺の脚の間に収まる様にして座ったのだった。

「…なぁ」

「なに」

 俺の抗議に対する月の声には、若干トゲがあるように俺には感じられた。

 俺は「何でもない」ととりあえず答えておいた。

 それにしても、この無理やりにも自分のスペースを作り上げ、そこに収まるその姿に、俺は実家の猫を思い出した。

 あぁ、確かに月は猫に似ているといえば似ているかもしれないな、と俺はそんなことを考えた。


 そのうちに、俺の胸に体重がかけられる。そして、穏やかな寝息が聞こえてきた。

「本当に気ままな奴だ」と俺は小さくため息をつく。そして、月の頭の上に手を置き、ゆっくりと動かすのであった。


 そうして、俺はふと気づく。

「こいつが起きるまで本も読めない…俺にどうしてろと言うんだ、こいつは…」

 俺は、また小さく一つため息をこぼす。そして天を仰ぐようにして座椅子に体重を預けていると、俺の意識もまた、だんだんと暗闇の中に吸い込まれていった。

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