第219話 波乱万丈の王位簒奪レース(8)

 アルドーラ公国のフィンデル大公と一緒に塩田の視察を行ったあと、麦を保管している倉庫へ行かれるという話になり、私はフィンデル大公と塩田で別れた。


「それにしても、フィンデル大公様から来られるとは思いませんでした」

 

 私の言葉に、レイルさんは肩を竦める。


「貿易の要であった妖精が居なくなって急遽、アルドーラ公国の魔法師団を向こうさんは手配したんだから、来るのは当たり前だろう? それでなくとも、アルドーラ公国は塩が取れないんだから」

「そうですね……」


 彼の言葉に私はハッとしながら頷く。

 最初、レイルさんと出会った時と彼の雰囲気がかなり変わっていることにようやく私は気がつく。

 なんというか、物事を対極的に見るようになってきているような気がする。


「レイルさんは、ずいぶんと変わりましたよね」

「そうか? 自分ではよく分からないがな」


 私とレイルさんは、ミトンの街中を歩きながら語りあう。

 しばらく歩いていると、私はあることに気がついた。


「あの……、この道って――」

「ああ、ミューラが会いたいとトーマスから話が来ていたからな」

「やっぱり……」


 どこか既視感を覚えると思っていた。

 やはり孤児院に通じる道で合っていたようで。

 

「あの……、私……」


 無意識の内に足を止めてしまう。

 そんな私にレイルさんは「どうしたんだ?」と、語りかけてくる。

 その表情に浮かんでいるのは、心配している感情であった。


「……私には、子供達と会う資格はないです……」

「資格? 何を言っているんだ?」


 私の言葉に、レイルさんは眉間に皺を寄せて疑問を呈してくる。

 だけど、その疑問に答える勇気が私は無い。

 

「ごめんなさい。理由は、言えないです」


 それだけしか、私には言えない。

 大勢の人が掛かった原因不明の病。


 ――病の要因が、私の膨大すぎる魔力が原因だと知られたら、どんな目で見られるかと思ったら、怖くなって本当のことが言えなくなってしまっていた。


「そうか……、わかった」

「ありがとうございます」


 私は、頭を下げる。

 執拗に問いただしてこない辺り、彼の心配(こころくばり)が胸を締め付けてきて辛い。

 だけど……、

 それでも――。

 今は、彼の気持ちに素直に感謝しよう。


「あっ!」


 私は視線の先に、リサちゃんを見つけた。

 少女は、きちんとした清潔な麻で編まれた無地のワンピースを着ている。

 リサちゃんは、ミューラさんと手を繋いでいて路地を右へと曲がった。

 方向からして孤児院の方で。

 二人とも、市場で購入してきたのか籠に野菜やパンを入れていたのが一瞬見えた。


「良かった……。ご飯も洋服もきちんと手配してもらっていて……」


 私は胸元で手を組んで小さく溜息をつく。

 どうして、自分が溜息をついたのか分からない。

 

 ――でも。


 一つだけ分かることはミトンの町経営を私が居なくなっても出来るようにすれば、原因不明の病に苛まれないようになる。

 そうすれば誰も傷つかない。


「…………本当にいいのか?」


 私の様子を伺っていたのかレイルさんが声をかけてくる。

 

「はい。一目見られただけでも十分です」


 彼の言葉に私は答える。

 すると、「なら、いいんだがな」と、少しだけ怒った口調で語りかけてきた。




 ――数時間後。

 お昼を少し回ったあたりで、代官が使っていた建物。

 その一室は、私が寝泊りで使っている。

 現在、私は商工会議で着ていく服を選んで身嗜みのチェックをしていて。

 髪の毛を後ろで結んだところで、扉が何度かノックされ「俺だ」と、レイルさんの声が聞こえてきた。


「はい。どうしましたか?」


 化粧台の前に座ったまま、レイルさんの言葉に対して応じる。


「商工会議のメンバーだが、思ったよりも集まりが早いがどうする?」

「アルドーラ公国のフィンデル大公様は?」

「第一王位継承権を持つことになったスペンサー殿下もすでに来ている」

「……そうですか……」


 思ったよりも、商工会議についての関心が高い。

 そのくらいが丁度いいのだけど――。


「ああ、それでどうする?」

「少し、早めに会議を始めるように各代表に伝えておいてください」

「分かった。それと……だな……」


 珍しくレイルさんが言い淀んでいる。

 何か言いにくいことでもあるのだろうか?


「どうかしたのですか?」

「じつはな……、シュトロハイム公爵家夫妻が尋ねてきているんだ」

「――え?」


 レイルさんの言葉に私の心臓の律動が早まる。


「……お父様と、お母様が!?」


 私自身、信じられないくらい掠れた声で言葉を紡いでいた。




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