第216話 波乱万丈の王位簒奪レース(5)

「ご主人たま?」


 私が黙り込んだのを見て妖精であるブラウニーが近寄ってくる。

 そんなブラウニーの行動に「ううん、何でもないのよ」と、私は答えた。


 ――シュトロハイム公爵令嬢として転生してきてから不審に思われないように、誰にたいしても「何でもない」と、言う対応をしてきた。

 その習慣が無意識の内に出ていた。


「そうでちか?」

「ええ。何でもないから……」


 ブラウニーの言葉に答えながらも私は、自分が置かれている現状を把握していく。

 この辺は、長年の経験が物を言う。

 おそらく、社会人としての経験が浅かったら、思考すらままならなかった。


 今の私が直面している問題点は大きくわけて、このままミトンの町に居ていいのかどうかで――。

 そして、それはすでに答えは出ている。

 私が、この町にいたら大勢の人に迷惑が掛かってしまう。

 だから、この町にいることはできない。


「だけど……」


 ベッドの上で座り、今度起きることを考察する。

 元々、ミトンの町を管理していた総督府が存在するスメラギが手を出してこないのは私という魔法師がいるからだと思う。

 つまり、私が居なくなったら間違いなくミトンの町を取り戻しにくる。

 そうすれば、ミトンの町の兵士がどうなるかは容易に想像がつく。


 そして、もっと大きな問題がある。

 人が生きていく上では、衣食住が必要で、それを提供しているのはアルドーラ公国であり、対価として白色魔宝石を現在は取引材料として使っているのだ。

 

 さらに、私が居なくなれば妖精もいなくなる。

 すでに妖精が居なくなっていて、輸送をメインで行っているのはアルドーラ公国の魔法師。

 そして、転移魔法を使うことができる魔法師をアルドーラ公国は白色魔宝石を使って増やしている。

 以前に、ウラヌス公爵が言っていた。

 転移魔法は複数人で使うことが前提の魔法ではあるけど、上級魔法師なら一人でも使うことが可能だと。

 それが、リースノット王国の国王陛下。

 上級魔法師が一人戦場に出てくるだけで戦況が大きく変わる。

 そんな魔法師をアルドーラ公国は増やしているのだ。

 そして、それは私の失態から来ているわけで――。


「……どうしたらいいの――」


 無意識に、自分自身の口から言葉が紡ぎ出されていた。

 それは、どうにも出来ない気持ちからきたもので……、気がついたら声として出ていた。


「……あ、私――」

「ご主人たま?」

「何でも……ないの……」


 私は、胸元に手を添えながら深呼吸する。

 感情的になったらダメ。

 諦めたら、そこで終わってしまう。

 心は冷静に、思考はつねに怠らない。

 それが、社会人としての鉄則。


「まずは、白色魔宝石ではなく違う物で取引を行えるように産業を育てることが大事よね」


 自分自身が居なくなってもいいように、誰でも作れる物でアルドーラ公国と取引する方法を考える。

 それは、以前にアルドーラ公国の国王陛下に提示した物でいけるはず。


「塩の作り方を教えることよね……。事業化することが出来れば内陸部にも売れる。あとは国防問題だけど……」


 これはアルドーラ公国の兵士にお願いすることは出来ない。なぜなら他国の兵士が自国領土内に常駐するということは侵略に見なされるから。

 そして、そんなことになれば静観していた海洋国家ルグニカの国王も兵を上げる可能性がある。

 そしたら、戦争になってしまう。

 そこまで考えたところでベッドの掛け布団を両手で握り締める。


「――私、最低だ……」


 結局、全て私が自分の国から出てきたから起きた問題なのに――。

 この国に来なければ誰にも迷惑は掛からなかったのに……。

 いったい、私は何をしているのか。

 人に迷惑しか掛けていない。


 ――でも、リースノット王国に居ても結局は国から出ていくことになってしまっていた。

 どちらにしても、私には居場所なんて無かった。


「――そういえば!? ねえ? どうして私は地球に向かっていたの? その前に何があったのか聞いた?」


 私は、スカートの上で寝ていた妖精のブラウニーに話かける。


「ご主人たまは、多くの町や国を旅してきたって言ってたでち」

「――! そ、それじゃ海洋国家ルグニカに関しては何か聞いていない?」

「……ん――。よく覚えてないでち」


 妖精が首を傾げながら答えてくる。 

 私は、ベッドの上に置いてある宝石箱から、白色魔宝石の欠片を取り出しながら「白色魔宝石食べる?」と、話かけると食べるでち! と、飛び跳ねながら手を差し伸べてくる。


「欲しいなら思い出してほしいな?」

「わかったでち! 思い出したでち! ご主人たまは、王位簒奪レースに出たって言ってたでち!」

「王位簒奪レース!?」

 

 私は、妖精の言葉に驚き右手に持っていた白色魔宝石をスカートの上に落としていた。

 それを妖精は両手で持つと口の中に入れて飴のように転がして食べ始める。

 無意識の内に、それを見ながら私は考える。

 たしか王位簒奪レースは、参加して1位になった人間が国王になれるシステムだったはず。

 

「たしかに、王位簒奪レースに出てレースに勝てば――」


 ――そう。

 王位簒奪レースで優勝さえすればミトンの町が抱えている問題も解決できる。

 何せ、敵対する領主の上がすげ変わるのだから。


「違う――」


 私は、自分の考えをすぐに否定する。

 たしか海洋国家ルグニカの国王陛下は、地方の行政――、つまり自治権には関与できない。

 つまり、私一人だけが優勝しても現状とほとんど変わらない。


「……あっ!? 私、一人だけじゃないなら? 他に協力してくれる人がいるなら? それなら……、それなら大きく変えることが出来るかもしれない。海洋国家ルグニカの体制も大きく変えることが出来るかもしれない」


 でも、そのためには多くの人の協力が必要。

 人に迷惑ばかりかけてきた私に協力してくれる人がいるのか居るのだろうか?

  




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