第205話 否定されし存在(9)

 衛星都市エルノのキッカさんの居酒屋から真っ直ぐカベル海将が寝ているホテルへ向かう。

 町で一番の高級ホテルと言うことでもあり、総督府の兵士とは別格の雰囲気を持つ兵士が4人もホテルの入り口に立っていた。

 私は、構わずホテルの中に入っていく。

 もちろん、彼ら警備の人間も私の顔を覚えていると思う。

 入り口で止められることはなかったから。

 

 私は、階段を上がっていきカベル海将の部屋の扉を開ける。

 目的は、彼に総督府の現状を見せる前に話しを着けること。

 崩壊した総督府の建物を見られたら、さすがの私でも言い逃れは厳しい。

  

「――え? ……い、いない!? それに、アクアリードさん……何をしているのですか?」


 床にはアクアリードさんが転がされていた。

ご丁寧に猿轡を噛まされた上に手足までも縛られている。


「んーっ、んーっ!」

「分かりました。今、外しますから――」


 私は、アクアリードさんの猿轡になっていた布を外す。

 すると彼女は口の中から丸められた布を吐き出していた。

 なるほど、徹底している。

 これはプロの犯行……。

 カベル海将を再度、誰かが拉致しようとした可能性も考えないといけない。

 

「それで、アクアリードさん。何があったのですか?」

「ユウティーシア様、申し訳ありません。カベル海将は自分が居なかった間に、町がどのようになったのか気になると言われまして――、止めようとしたのですが……」

「そうですか……」


 私は小さく溜息をつく。


「なるほど……、つまりカベル海将は思ったよりも行動派の人間だったということですね?」

「はい……、申し訳ありません」

「いえ、アクアリードさんは弓を打つのが仕事のような物ですからね。接近戦は、最初から期待していなかったので落ち込まなくて大丈夫です。ただ、こんなにあっさりとやられてしまうのは、正直、冒険者としてどうなの? としか思っていませんよ?」

「すごく嫌味にしか聞こえないです!」


 私の言葉に、すかさずアクアリードさんが突っ込みを入れてきた。

 どうやら彼女は、私の突っ込みパートナーとして順調に成長しているみたい。

 まぁ、冒険者に突っ込みが必要なのか? と、聞かれれば……入らないんじゃない? と突っ込みを入れておくけど……。


「とりあえず、フロントに向かいましょう。今回は先にお金を払っていませんし、もしかしたら、まだホテルの中にいるかも知れませんから!」

「ユウティーシア様、たぶん……」


 何かアクアリードさんが言いたそうにしていたけど、いまは、それどころじゃない。

 さっさとホテル内を探さないと――。


「アクアリードさんは、ホテルの中を調べてください。私はフロントに確認してみますので!」


 私はアクアリードさんの手を足の紐を引きちぎったあと、1階のフロントに向かう。

 

「――え!? 出て行った?」


 私の言葉に、ラーブホテルのフロント担当というか受付の男性は頷いてくる。

 

「――で、でも……、お金を払ってないですよね? 持ってなかったですよね?」

「はい。――ですが、カベル海将は総督府を治める方ですので支払いについては後日でも問題ありませんので――」

「……な、なんという――」


 一気に身体が脱力する。

 床の上に膝をつきながら親指を噛む。

 ……そうでした。

 カベル海将は、この町を支配しているトップの人間であり王族。

 もちろん高級ホテルの従業員ですら――違う、高級ホテルの従業員だからこそ、カベル海将のことは知っていた。

 そして、カベル海将は、何食わぬ顔でエルノの町に繰り出したと……。

 私はすぐに立ち上がる。

 

「ま、まだ……負けてない!」


 そう、総督府を見られるまでは大丈夫。

 だってグランカスさんに依頼しておいたのだから。

 噂は噂に過ぎない。

 自分の目で見てこそ噂は真実になる。


「ユウティーシア様、やっぱり……すでにカベル海将は宿を後にしていましたか?」

「――知っていたんですね?」


 私は振り返りアクアリードさんへ問いかける。


「はい、お伝えしようとしたところ、ユウティーシア様が話しをはじめたので……」

「……そうでした、それで、次にカベル海将が向かう場所は分かりますか?」

「間違いなく総督府かと――」

「ですよね!」


 すぐにホテルから出る。

 兵士達は一瞬、怪訝な表情を私に向けてきたけど、止められるようなことはなかった。

 空気が読める兵士達で助かった。


「身体強化魔法発動!」


 私は跳躍して建物の屋根上を走りながら、まっすぐにエルノ総督府へと向かう。

 そして、最後の建物の屋根から飛び降りたところで「これは、どういうことかな?」と、総督府入り口に立っていたカベル海将が話かけてきた。


 

  


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