第204話 否定されし存在(8)

 でも、納得できた事と心の整理が出来たことは別物で――。

 私は涙を拭きながら、グランカスさんを見る。

 すると彼は、困った顔をしてきた。


「なんだ? 何か俺に言いたいことでもあるのか?」

「何もないです……」


 女の体になってからというもの、一度でも感情が決壊してしまうと、すぐに感情が切り替えられない。

 そんな私を見ているとグランカスさんが、「キッカ、何か甘いものでもないか?」とキッカさんに話しかけていた。


「甘い物かい?」


 キッカさんが私のほうを見てくると大きく溜息をついていた。

 そしてカウンターの奥のほうへ入っていく。

しばらくしてから戻ってくるとテーブルの上に、木のお皿を置いて「グランカスのおごりだよ」と言ってきた。


「……これは?」


 見たことの無い色合いの何かの乾燥させた物のようにも見える。


「そいつはマンゴーのドライフルーツだよ」

「これが、マンゴーですか……」


 日本で暮らしていたとき、コンビニで売っているのは見たことはあったけど、男だったときは甘い物が苦手で、甘い物は殆ど口にしたことはなかった。

 

 マンゴーも一度も口にしたことがない。


 私は、恐る恐る一欠けら人差し指で掴んで口に含む。

 すると、しばらくは乾燥した乾物特有のざらつきを舌で感じたけど、すぐに甘みが口の中一杯に広がった。


「おいしい……」


 女の体になったからなのか知らないけど、この身体になってから甘さを抑えた自然な風味の甘みを始めて味わった気がする。

 私は、リースノット王国のシュトロハイム公爵家の令嬢ではあるけど、お茶会などは一切したことないし、お茶を飲む練習のときだって食べたのはパンケーキくらい。

 それも、とても甘くて私の口には合わなかった。


 一口、二口と夢中になって食べていると「そうしていると年相応な女の子にしか見えないのだがな」と、グランカスさんに言われた。


 彼に言われて、ようやく私は気がついた。

 何時の間にか、マンゴーを食べるのに夢中で回りの目を気にしていなかったことに。


「はうううー……」


 声にならない。

 甘い物が、すごくおいしく感じられたから。

 まさか、私が普通の女性のように甘い物で泣き止まされるとは思っても見なかった。

 これでは、まるで本当に普通の女みたい。


「ごちそうさまでした」


 とりあえず感謝の気持ちは伝えておいたほうがいいと思う。

 ただ、私を女扱いするのだけは止めてほしい、

 だって、一応、中身は男なのだから。


「カベル海爵に、よろしく言っておいてくれ!」

「わかりました」


 私は席から立ち上がると、キッカさんが切り盛りする酒場から出た。

 酒場から出ると人だかりが出来ていて、「小麦の女神様。どうか、町を疫病から救ってください」と、言ってくる人々が集まってきていた。

 どうやら、女神という名だけが一人歩きして奇跡か何かで町を救ってもらえると、勝手な思い込みをしているみたい。


「皆様、落ち着いてください。今、私は原因不明の病に対して対策をしているところです。私の知る限り、死んだ者は居りませんので、ご家族の方や親類の方、そしてお知り合いの方が寝たまま目が覚めないという現象に巻き込まれていましたら、どうか私が解決の糸口を見つけるまでお待ちください」


 私の言葉を聞いていた民衆が一斉に平伏してくる。

そして願いを伝えてくる人々の純真さと真面目さ、そして……期待度の高さに私は恐怖を覚えた。


 彼らが、どれだけ未知なるものに恐怖しているのか、そして女神という一人歩きした私の幻影にどれだけ縋っているのか……。

 その全てが怖い。


 度を越えた期待。

 それが叶えられたときは、更なる奇跡を願う。

 そして叶えられないときは……。


「小麦の女神様?」


 一人の男性が私に話かけてくる。

 彼の言葉に、思考の迷宮に陥りかけていた私の意識が引き戻された。


「――な、どうか致しましたか?」

「いえ、どこか上の空のようでしたので……」

「いえいえ、そんなことはありません、皆様の家族や思い人を守りたいという思いや願いは必ず叶うと思います。ですが、人知を尽くしてこそ神も力を貸すのです。皆様も、眠られた方を精一杯、守ってあげてください」


 上手く言えたのか不安になる。

 しばらくしてから、私の言葉を肯定し頷いて来る声が一斉に聞こえてきた。

 いまは、何とかできたけど……。

 

 はやくカベル海将と話して原因をつきとめないと――。



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