第172話 出張手当はつきますか?(10)

 キャンプファイアーというか薪の前で、大きめの石の上に布をかけて座る。

 洋服が汚れたら洗うのが大変だから、こういう細部まで気を使うのは女性としては当然のことなのだ。

 ということで、差し出された木の串に刺さっているパンを受け取り口にしていると。


「何か怒ってますか?」


 メリッサさんが、恐る恐る話しかけてきた。


「いえ、まったく! 全然! 怒ってませんよ?」


 私が、怒るわけないじゃないですか、やれやれです。


「そういえば、アクア。馬には水をやってきたのか?」

「うん、どうして?」

「いや、馬に飲ませる分だけの水を魔法で出したあとは顔色が悪いよな? それがいつもと違って見えるからさ」

「実は、ユウティーシア様から新しい魔法陣を教えてもらったんだよね」

「そうなのか?」


 メリッサさんの問いかけにアクアリードさんが頷いている。

 どうやら、本当に効率の悪い魔法陣を使っていたみたい。

 でも、私とウラヌス公爵が作った魔法陣は、効率と言うよりも魔法力の循環が破綻しないように作られたものであり、増幅などの効果を一切含んでいない。

 なので、出口だけを調整した魔法陣を使って、効率よく水を生み出すことが出来たということは、アクアリードさんには魔法師としての才能があるということ。


「そうか……それは頼もしいが……」


 途中まで、語っていたところでメリッサさんは、私の方へ視線を向けてきた。


「女神様、護衛の仕事だけではなく魔法の指導までして頂けるとは……」

「止してください、旅は道連れ、世は情というでは、ありませんか! そこまで気にしなくていいですよ? それに女神様は止めてください」

「申し訳ありません、小麦の女神様」

「……」


 どうしよう。

 小麦の女神様が定着してきた気がする。

 ここは、なんとかイメージを何とかしないといけない気がするけど。

 どうにもならないんだろうな。

 

 そして、朝食を食べたあと私達は北の街道をまっすぐに進む。

 もちろん服装は、町娘風と貴族風の服を身に纏った3人の女子であり、盗賊から見たら襲ってきてくださいと言わんばかり。

 

 まぁ、そんなに簡単に盗賊と言うか山賊が襲ってくるようなことは……。

 襲ってくるようなことは……。

 襲って……。


「とまれええええええ、そこの女3人の帆馬車停まりやがれ!」


 目の前に突然、10人ものお風呂に入ってなさそうな服装も粗雑な男の人が道を塞いできた。

 そして、私は帆馬車を動かす練習をしていたこともあり――。

 モロに轢いた。

 もちろん、大声で怒鳴ってきたこともあり、帆馬車の中にいた二人も、すぐに気がついて私を見てきた。


「小麦のではなくユウティーシア様、どうかしましたか?」


 メリッサさんが私に話しかけてくる。


「大変です! 人身事故です!」


 初めて、馬車で人を轢いたこともあり私は、自分が何を言っているのか良く分かっていない。


「ユウティーシア様、落ち着いてください。彼らの出で立ちから見て山賊の類でしょう。ですけど……山の中ではなく森の中でとは……」

「そうですか――。メリッサさん、帆馬車の停め方は……」

「――始末するのですね?」

「――え? そうじゃなくてですね……」

「なるほど、山賊なら懸賞金が掛かっているからという意味ですね?」

「――えっと……」


 何か話しが物騒な方向に――。

 私が答えに困窮していると、メリッサさんが馬の手綱を引いて帆馬車を停めて、剣を片手に降りていく。

 アクアリードさんも、メリッサさんの後を追うようにして帆馬車から降りると8人ほどの男の人が走って近づいてくる。


「よくもやりがったな!」

「奴隷商人に売るつもりだったが、もう容赦はしねえ!」


 などなど、とても際どい言葉まで出てくる。

 一瞬、回復魔法をかけてあげようかなとも思ったけど……。

 

「そこまでにしておきなさい!」


 私は、帆馬車から降りると、メリッサさんとアクアリードさんの前に立つ。

 もちろん私は素手のまま。

 そして、私の姿を見た彼らの表情は、一瞬驚いたあと、手に何も持っていない私を見て愉悦な表情を見せた。


「これは、すげー別嬪だ。旦那に高く売れるぞ!」

「おかしら! 他の2人も美人ですぜ!」

「よし! お前ら! 残りの二人はお前達の好きにしろ! ただし壊すなよ? 俺は、こいつを……」


 目の前に居る髭を生やした身長が190センチ以上もありそうなガタイのいい男が私の肩を掴んでくる。


「細い肩だな。こいつは……えっ!?」

「おかしら!?」


 私は、肩を掴んできた男の右手を掴むと身体強化の魔法を発動後、腕を捻り上げて地面に叩きつけた。


「ふむ――。たまには、お前らみたいな奴らを相手にするのもいいな」


 私は、両指を鳴らしながら男達に近づく。

 男達は私の雰囲気が変わったことに気がついたのか、刃物を手に持ち私へと振り下ろしてくるが、それを素手で受け止める。


「――うそ……だろう? 刃を素手で受けとめるなんて……どうなってやがる!?」

「答える義務はありません」


 仕掛けは簡単である。

 身体強化の魔法は細胞の強度を引き上げる物であり、簡単に言えば肉体のリミッターを解除してる状態。

 そして、さらに回復魔法として高速肉体修復を図ることにより、鉄が肉体を切り裂いてはいるが、その都度、肉体が修復しているので、刃物が皮一枚を切り裂いたとしても、瞬時に皮一枚が再生するのでまったく切れてないように見えているだけ。

 つまり、切ってはいるが修復しているので切れてはいないのだ。

    

「ふふっ、知っていますか? どんなに強い刃物であったとしても神を傷つけることはできないのです。何故なら! それは! 神っぽいオーラに守られているからです! 私は、それをゴッドオーラと呼んでいます!」


 まぁ、それぽい名前にしておけば大丈夫。

 あとは、適当に解釈してくれるはず。

 さらにインパクトを与えるために手に握っている刃物を握り潰す。

 砕けた刃物が、私が着ているお気に入りのワンピースを傷つけていき……。


「――お、俺達は何も……」

「よ、よくも……私の服を――ただで済むとは思わないことです」

「ひぃい」


 私のファイアーボールが、着弾し周囲の森を吹き飛ばした。

 そして――。


「……もうお嫁にいけません……」


 私は、メリッサさんが着ていた戦士用のビキニアーマーを着て、帆馬車の中で体育座りしていた。

 ファイアーボールは、私の制御ミスで前方に着弾。

 私の後ろにいたメリッサさんとアクアリードさんと馬車は無事だったけど、私と山賊さんの服は全て焼却処分されてしまった。

 そして着替えもないことから、メリッサさんの服を着ていた。

 何故なら、アクアリードさんの服は、まだ濡れていたから……。


 ちなみに山賊さんはギリギリ生きていた。

 どうやら、無意識のうちに魔法が人体に与える影響を減らしていたようで、彼らは逃げていった。

 でも、大勢の男の人に裸を見られたのはショックだったりするわけで……。


「はぁ、アクアリードさんの服が乾いたら貸してもらうとしましょう」


 さすがに私の不注意で、焼いてしまった洋服の変わりに貸したばかりの服を返してもらうのは気が引ける。



 

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