第四章 いきなりラスボスとの対決

4-1 女児アニメ【メガミ・リンカネーション】

 メガミ・リンカネーション



 数年前に首都圏にしか与えられていないチャンネルのみで放送された、女の子専用のカードゲーム、マジカルwithアイドルズを売り出すための販促アニメ。


 これまでに過去二作も名前を変えて放映されたがことがある、事実上三作目。


 見所は、脚本家や監督のぶっとんだ趣向から大きく転換して、よりシリアスかつ子供から大人へと将来の成長を訴えた作品。


 一時はそのシリアス度のきつさに視聴した子供から、制作したスタッフまで絶句したといわれるほどだが、さらに数年たった今では逆にネタにされるほどのインパクトを残した。


 深夜アニメでもなかなかみない展開とも。


 今はさらなる化け物コンテンツへと成長を遂げさせた後輩アニメに番組欄を譲っているが、過去作にはあまり出現しなかったイケメン枠が充実したこともあって、劇場版ながら続編が数作も作られ、なんやかんやと続いているらしい。


 そのアニメの中で、俺は登場人物として一端を担っているのだが……



「なんて傷跡を残してくれたのだ、蓮丈院遊月。引継業務にしては大分ハードだぞ」


「そんな自分を責めないでください」



 初の実戦で勝利を納め、記憶の大部分が復帰してから、さらに数日がたった。


 いや、復活した記憶にしては、だいぶ重要度が違う情報が、俺に与えられたと表現する方が正しい。


 覚醒すれば異世界転移とはよく言ったものだ。


 しかし、異世界と言えば確かに異世界だが、まさかあのとき暇つぶしにネットで見たお子様向けアニメという人様が作り出した架空の世界に送り込まれるとは思ってもみなかった。


 しかも、主人公とかライバルとか、ご立派な悪役とか、憎んでも憎みきれないヒール役ならまだしも、まともな活躍どころか人気も期待されない三流のやられ役――よく言って悪役令嬢という、性別から何もかもが一致しない配役にされるなんて。


 いったい、何の罰で引き立て役の刑に処されているのか、それが全くの謎だった。


 与えられたのが全て架空の設定だけがのしかかった配役だけならまだしも、れっきとした一人の人間として刻みつけた痕跡やスタンス、称号、立場などがいろんなところについているせいで、いらないレッテルやいざこざを生み出していた。


 おそらく、急な交代は蓮丈院遊月本人も予期しないことであろうが、それらを不意打ちで一身に引き受けた俺に、全部のしかかることになった。



 悪役令嬢。



 世間からまったく同情もされないのを覚悟で反感を抱かざるを得ない手段を用いて、主人公に全てを明け渡す、壮絶な引き立て役。


 俺に課せられた役割が、まさにそれだ。


「でも、今までに顔が腫れるのが日常茶飯事なくらい厳しくしていたのだろう。厳格を通り越してパワハラだ」



 数日前の初陣の時、弾みとはいえセイラの顔に一発殴った腫れを与えてしまったが、セイラは咎めることも恐れることもなく、笑顔で接してくれた。


 いまでもこうして、いつものカフェテリアで俺の舌にあわせた紅茶を入れてくれている。



「そんな……私は遊月さんのことをいやな人だとおもっていませんし、今でも大好きですから」


「いや、それでは俺の気が済まない」



 過去の所行は他人が原因とはいえ、あの時自分のやってしまったことにそこまで快く受け入れられると、やはり罪悪感しか生まない。入れてくれた匂いも味も濃い紅茶も、全く味らしい味がしない。


 居た堪れなくなった俺はとっさに立ち上がり、傍で慰めるセイラをぎゅっと抱き寄せる。



「今までの無礼のお詫びとして、次の土日に俺の時間を丸ごとあげたい」


「あ、あれ、遊月さん。この前、美澤さんに勝った約束として泊まりがけのデートするんじゃなかったのですか?」



 いきなりの包容にセイラは抵抗せずすんなり受け入れたが、顔を真っ赤にしながら残された理性を働かせて口を開く。



「したんだけど。俺に婚約者がいるから、修羅場はごめんだとかいって、遠回しに降られた」


「もったいないですね」



 言いつつも、潤んだ目を伏せながら俺と目を逸らすセイラ。俺は逃がさないように片腕でしっかりと密着しつつ、右手でセイラの可愛い顎を持ち上げる。



「そうだろ? だからセイラ、オフの日でも俺を癒やして」


「だ、ダメですよ、それこそ婚約者の天上路さんと一緒にいるべきでしょう」


「ひどいなセイラ、趣味じゃない男と無理矢理付き合わせるなんて。純粋で汚れがない恋愛漫画をバイブルにしている悪い子にはお仕置きが必要だな」


「いけません、遊月さん。この養成所でランク中級でしかないわたしが遊月さんにできるのは、マネジメントとお茶汲みのみ。それ以上の干渉は、いくら遊月さんが許しても……」



 口では否定していても、振り払いもせず、ただ期待するように恍惚とした顔で、俺を見つめ返す。



「それなら、明日から朝には味噌汁を入れてくれ」


「そんなことをしたら塩分の過剰摂取で、お体がむくんでしまいますぅ……」


「俺の体の調子もちゃんと管理するのも、セイラの立派な仕事ななんだろ――」



 刹那。なんとも哀れまれるような温い視線が俺の背中にあたる。


 まるで先が布地で丸められた矢で、緩い力で射られたような。


 振り返ると、マーサが死んだような目で俺のことを見つめていた。


 その背後には、混血っぽい整った顔立ちをした年上そうな少年と肩を並べて。



「見せもんじゃないぞ!」


「公衆の面前で何晒してんだよ!」

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