移住2日目

プチ農業体験

 カーテンの隙間から朝日が差し込んできて顔にかかる。眠りが浅くなった時に、布団が妙に重い事に気づく。


「重い、暑い」


 ラトが布団の上、尚且つ俺の腹の上で丸くなっていた。

 重さは別として、暖かくなってきた春の気温だ。猫湯たんぽは少し暑すぎる。

 俺はラトをなるべく起こさない様にと、軽く布団を持って、身を横に滑り出す。

 布団をそっと置いて、脇を見れば、ラトは起きる事なくそのまま眠っている。

 寝室のカーテンは開けないまま、ふすまをそっと開けて、猫が通れるくらいの隙間を残し閉める。

 茶の間にある時計を見ればまだ6時半だった。

 障子戸を開け、スウェット姿で軽く朝のストレッチをし、目の前に広がる大自然の姿に、力をもらう。


「よし、今日も頑張るぞ」


 腕の伸びをしていると、塀の向こうで手を振っている五郎さんの姿があった。

 急いで、玄関の扉を開けて、護るぞいくんを解除する。


「五郎さん、おはようございます」

「おはよう、山内くん。何事もなかったかい?」

「はい、何もなく、ゆっくりと寝せてもらいました。自然の中で目が覚めると、こんなに気持ちいいんですね」

「そうかい。そうかい。それはよかった」


 破顔する五郎さんに気分が良くなる。

 田舎の人は親切だった言うけど、本当に親切だな。


「どうだい。朝飯前に少し畑に行ってみるか? 農業に興味があるんだろ?」

「はい。今着替えてきますね」


 パーカーにジーンズを履き、素早くリュックを背負い、玄関を出る。

 五郎さんの軽トラに乗り、畑に来て見れば、もう収穫をしている藍子さんがいた。


「おはよう。山内さん。昨日はよく眠れたかい?」

「おはようございます。そりゃもう爆睡でしたよ」


 キャベツと包丁を手に藍子さんは笑顔だ。

 ビールケースのような箱の中には何個かのキャベツがすでに入っている。


「これ、出荷するんですか?」

「ええ、朝一で村の農業連合さんとこに持ってくんだよ」


 俺がキャベツを見つめていると、藍子さんが包丁を差し出してくる。


「やってみるかい?」

「はい!」


 俺は右手に包丁を持ち、みずみずしく輝いている大きなキャベツの前に立つ。幾重にも葉を重ねたキャベツの根本に藍子さんに習いながら包丁の刃を入れ込む。

 意外と簡単に切れたものの、支えていた左手にはキャベツの重みがずしりとかかる。


「キャベツって意外と重いんですね……」

「そうだね。重いかもしれないね。うん。いいキャベツだ。外葉はこっちの白いコンテナね」


 少し広がっている部分の葉を言われるままに剥き、白いコンテナに置き、残ったキャベツは指差された青いビールケースにそっと入れた。俺の収穫第1号だ。


 その後も次々と支持されたキャベツをとっていく。中腰で作業を続けているせいか、かなり腰にくる。


 コンテナを軽トラの荷台に詰め込めば、今日の朝仕事は終わりだ。


「どれ、朝飯食ったら、出荷しに行くか」

「山内さんも朝ご飯食べに来るかい?」


 藍子さんと五郎さんから視線をもらうが、俺には一つ気がかりな案件があった。

 それはラトだ。夜もそうだったが、朝目が覚めたらきっと捕食対象を見つけて、散らかすだろう。


「朝食は大丈夫です。とりあえず、家に帰りますね」


 ここから家までは1キロくらい、歩けない距離ではない。しかし、藍子さんに腕を掴まれた。


「遠慮しないで、じいさんに送ってもらいな。私は健康のためにも歩いて帰るからね」


 五郎さんも頷いている。


「ばあさんはなかなか助手席には乗ってくれんのだ。買い出し以外は絶対に乗らん」

「ずっと一緒にいたら息が詰まるだろう?」


 五郎さんは地雷を踏んだらしい。真顔になった藍子さんに顔を見つめられて、体を竦めている。

 藍子さんは俺に向き直る時には笑顔に戻り、そっと肩に手を置き、軽トラの助手席側まで連れて行く。


「まあ、長年連れ添っていればこういうもんさ。のんびりと歩いて帰るのも悪くないんだよ」

「は、はあ」


 ニコリと微笑んだ藍子さんに見送られ、俺は家に戻った。

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