脅しに猫一匹

 俺は五郎さんの軽トラックに乗せてもらい、300メートルしか離れていないうちへと帰る。

 何度も何度も夜が危険だというが、軽トラから見るにただの田舎道でしかない。


「ただの田舎に見えるだろう?」


 心を見透かされたかのように、声をかけられた。


「俺もそう思ったさ」

「五郎さんはこの村の生まれではないんですか?」

「ああ、婿だ」


 新事実が発覚したところで、あっという間に家に着いてしまった。


「まあ、簡単に言うと、本当に夜には得体の知れないモノが蠢いていると思った方がいい。これでも我々は共存しとるんだ」


 蠢く……。野生動物は夜行性だからな。俺がここに残るなら共存出来るよう心がけなければならないのか。


「ワシが帰ったらすぐにでも護るぞいくんのボタンを押すんだな」

「護るぞいくん?」


 俺が首を傾げると、軽トラから出て、チャイムの脇の解除と表示されているボタンを指差す。


「あれ、役場の娘に聞かなかったか? チャイムの横にあるこれだ」

「いえ、説明は聞きましたが、名前までは……」

「そうだったのか。妙子さんがこれを取り寄せてくれるまでは、村の民家は皆悪さされて大変だったんだ」


 五郎さんは昔を思い出すかのようにどこか遠いところを見つめている。


「お前も聞きたいか?」


 急にニヤリと口の端を上げると、何か嫌な予感がするが、一応頷く。


「おっといかん。8時を回っておったのだ」


 おい、五郎さん何故ここで帰る! と言いたかったが、獣とやらにせっかくの新しく住む環境を壊されては困る。


「くれぐれも気をつけてな。明日の朝一応様子を見に来るから」


 そういうと、軽トラックのエンジン音を唸らせ、走り去っていった。


「ったく、みんなびびらせやがって」


 そう言いつつも、護るぞいくんを押し警戒モードにする。

 一見変化はないが、護るぞいくんがきちんと通電するように手をパンパンと手を合わせて平和な一日の始まりを祈ってから、扉を開ける。


「ニャーン」


 足元から猫の声がする。驚き下を見れば、1匹のキジトラの猫がいる。


「ん……?」


 猫を抱き上げる。決して、猫は嫌いではない。実家では犬も猫も飼っていた。


「お前野良か? 首輪はついてないな……。お前こんな時間に出歩くと獣にやられちまうぞ? とりあえず保護して、明日藍子さんあたりに聞いてみるか」


 あれだけ、獣、獣と言われていた中に猫を放り出す訳にはいかない。

 俺は抱き上げたまま頬下の部分を撫でてやれば、この猫は俺の虜だろう。目を細めて気持ちよさそうにしている。

 とりあえず今日だけ呼ぶ名前を決めよう。


「トラいや逆から読んでラトでいいか」


 ラトと呼ばれてもそりゃあピンと来ないだろう。ラトは反応しない。


「借家だからあまり、傷はつけるなよ。爪研ぎはするな。トイレはそうだな」


 都合よく、ダンボールもない。レジ袋か……。

 玄関の隅に畑から取ってきた土を入れ、なんとなくだがトイレスペースを作ってやる。

 散らばった土はほうきとちりとりを妙子さんのところで明日買ってくれば、掃除できるだろう。

 護るぞいくんが発動していれば通電しているという話だったので、玄関や窓は猫が逃げないように全て締め切る。


 作業している間にカシャカシャと嫌な音がする。

 俺は茶の間に駆け出せば、菓子に食らいつくラトがいた。


「ラト、ポテトチップスなんて油ものダメだ! 腹が減ってるのか……」


 今日買ってきた物を見るが、すぐ食えるのは惣菜パンと魚肉ソーセージくらいしかない。

 とりあえず、魚肉ソーセージを剥いてやり食べさせてやれば、やはり腹が減っていたようでパクパクと食べる。

 牛乳は良くないと聞くが、気持ち薄めて皿に入れ、電子レンジで温めてからラトの前に置いてやる。

 ピチャピチャピチャと舐める音が聞こえてきて、可愛らしい舌が激しく動かされている。

 獣について脅されていた俺には、一時の癒しの時間となった。

 畳に自分の布団を敷き、ラト様に座布団の上にタオルを重ねた寝床を隣に作ってやった。まあ、猫は気分屋だ。ここに寝るかは分からない。

 ラトをとりあえずタオルの上に置いてやれば、匂いを嗅いで、座り毛繕いをして丸くなる。

 お、これは成功と思いながら、風呂に入りにいく。

 今日は脅されるだけ脅された1日だったなと思いつつ、自分の布団に入った。

 入眠するまでに時間がかかっていたが、疲れていたのか。ものの数分で眠りについた。

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