役場
役場はそれほど大きくもなく、木造で結構な築年数に見える。職員も40名程度だそうだ。
そもそも村民の数も800人に満たないくらいしかいないという事だったので、規模が小さくても当たり前なのかもしれない。
役場の扉を開け、中に入れば案内されたのは、茶色い木の長机とパイプ椅子がロの字型で並ぶ、会議室のような部屋だ。
会議室の中にいたのは50歳代くらいの眼鏡をかけたおじさんがいた。
「やあ、寿馬宇村へようこそ。地域交流課課長
「
俺は名刺を受け取り、長机の真ん中の椅子に座る。畑中さんは向かい側の椅子に座った。
「この村はどんどんと過疎化が進んでいまして、移住体験に来てくださる方がいらっしゃると本当にありがたいのです」
「はあ」
「この村の姿はご覧になりましたか? 驚いたでしょう」
「いえ、前もって調べてきていたので、さほど驚いていませんよ。自然が豊かで俺の第二の人生を送るには適しているなと思いました」
地図アプリで調べた時に、海に囲まれて山しかない航空図を見ていたので、そこまでの驚きはなかった。
辺鄙なところであるのは了解済みだった。
「……そうですか! 気に入っていただけて嬉しい限りです。江角ちょっと」
扉の前に立っていた江角さんが呼ばれて、畑中さんに耳打ちされている。
頷いて聞いているが、一瞬目を見開いたのを俺は見逃さなかった。江角さんは少し体を小さく固めながら、呟く。
「けど、同意書には目を通してもらってサインはいただいています」
「はあ、江角……分かった。とりあえず今日はもう夕方になる。明日ご説明しなさい。セキュリティの説明はしたのか?」
「あ、してませんでした!」
「江角、山内様をお送りする時にそれだけはご説明申し上げろ……」
「はい」
俺は何を言っているのか分からなくて、首を傾げていた。
畑中さんは咳払いをすると、向き直り俺を笑顔で見る。
「山内さん、江角がまだ説明していなかった事もあるようですが、明日順を追って説明いたします。明日からはこの村で働ける職業などもお見せしながらご案内していこうと思っていますので、よろしくお願いします」
「俺、やりたい職業なら決まっています」
俺の言葉に二人は驚くが、俺は言葉を続けた。
「俺、農業に興味があるんです! 米を作ったり、畑で野菜を作ったり、自給自足の生活がしてみたいんです!」
うんうんと頷く江角さんに対して、畑中さんは顎をなでる仕草をする。
「大丈夫です。中古品にはなりますが、米作りに必要な機械はお貸しすることができます」
「まあ、兼業されるのもいいでしょうね……。決めるのは移住体験が終わってからでも、遅くはないでしょう」
明るく応援してくれる江角さんとは反対に、深く思慮してくれる畑中さん。兼業という言葉が出てくるという事は、やはり専業にしてしまうと食っていけないという事だろう。
「さあ、あまり暗くなると獣が出てきますからね」
熊や猪は夜になると活発に動き回るという話を聞いた事はあるが、移動できなくなる程なのだろうか。首を傾げていると、笑って畑中さんが答えてくれる。
「獣と車がぶつかった場合、少ない公用車を修理に出さなくてはならなくなるので、大変なんです。村の移動は車がないと不便ですからね」
「ああ、そういう事ですか」
この島の面積は意外と広い。島中を回るには自転車ではきついだろう。
「じゃあ、地図では説明しましたが、商店に寄ってからお家に戻りましょう!」
畑中さんに頭を下げてから、江角さんの後を追って部屋を出た。
江角さんに先に車に戻っているよう言われたので、助手席で待つ。シートベルトを締めると、江角さんが運転席に乗ってきて、俺に向かって一枚の紙を渡してきた。
「これ、同意書のコピーです。注意事項が書いてあるから渡しておきますね。再度ご一読ください」
「は、はあ」
受け取るとそれを折りたたみ、ズボンのポケットに詰め込んだ。
俺は車酔いもするタイプなのだ。文字を読んでいれば、完璧に吐く。
家に帰ってから読ませてもらおう。
「では、参りますよ」
江角さんが車のエンジンをつけ、舗装された道路を走っていく。
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