好奇心旺盛な新聞記者
僕とマリーが光に飲み込まれた先は、信じられない光景が広がる空間だった。青い波が流れる光景の中に歪んだ懐中時計が漂っていたり、世界のいろんな光景が漂っていたり……とにかく滅茶苦茶だった。
そんな中、僕たちの身体はまるでゴムの様に引き伸ばされ、捻じ曲げられ、そして元に戻るという動作をランダムに繰り返していた。それはまるで吐き気を催すような動作。一刻も早く終わらないものかと、僕は祈ることしか出来ない。
そうしてようやく、僕たちを飲み込んだものと同じ眩しい光が見え始めた。僕たちはその光に再び飲み込まれた。
光が消えた先は朝市の真っ最中だった。運悪く、僕たちは朝市で最も盛り上がっている場所に現れてしまったらしく、皆が僕たちを見つめていた。何とも心地の悪い静寂が続き、僕は先程の空間での吐き気もあり、いろいろと限界に達していた。
教室と同じだ。みんなとの間に絶対的な壁が生まれて、それが僕を追いつめる。父さんとも上手くいかない。母さんのいない僕は……。
「キミ達、ほらこっちにおいで!」
そう小声で僕たちに話しかけた女性は、すぐさま僕たちを引っ張って再び路地裏へと連れ込んだ。
「あっ、あなたは……!」
「しっ! 黙っときな」
女性は僕の口を手で塞ぐ。じっと女性が朝市の方を見つめていると、何事も無かったかの様に朝市は賑わい始めた。
「ふ~。嫌ぁぁな雰囲気だったね」
オレンジ色のTシャツにジャケットを羽織り、所々破けたジーンズを履いた、ブラウンのショートヘアのいかにも活発そうな女性。彼女は砕けた口調で僕たちに話しかけてきた。
「キミ達、突然現れたね! どんな手品を使ったんだい?」
「あ、あの……あなたは……」
僕が女性に話しかけると、女性は思い出した様に名乗り上げた。
「自己紹介がまだだったか~申し訳ないね! 私はただの好奇心旺盛な新聞記者、モルダー・コルソンだよ! よろしくね、少年とお嬢ちゃん」
「私の名前はお嬢ちゃんではありません。私はマリー・ハリソンです」
マリーは無機質にそう答えたのだが……モルダーさんは気にすることなくマリーに絡み始める。
「マリーちゃんかぁ! お人形みたいで可愛いねぇ! キミは、少年。キミの名前は何て言うんだい?」
「ぼ、僕は……ジョン・ウォルダです。ウォルダと呼んでいただければ……」
「ウォルダ君! マリーちゃんにウォルダ君ね! 一生憶えとく!」
この人はずっと目を輝かせている。本当に変わった出来事が好きな、好奇心旺盛で元気な新聞記者なのだろう。
「あの、モルダーさん。何で僕たちの事を匿ってくれたのですか?」
「ん? 単純だよ。あの嫌ぁぁな空気が嫌いだったから」
「それだけですか?」
「鋭いねぇウォルダ君は。もう一つの理由は、キミ達が何もない所に突然現れたその瞬間を見たからさ。これは大スクープだ~ってね」
「ところでモルダー。この場所は一体どこですか」
マリーは会話に食い込むようにモルダーさんに問いかけた。
「おぉ、いきなり砕けて話して来たね」
「何か問題があったでしょうか」
「いや、無いよ! ただびっくりしただけ。それで……この場所がどこかって話だったよね?」
「はい」
「じゃあ説明してあげよう! ここはレンガ造りの大きな時計塔がシンボルの『マリオネット町』さ! かの有名な女性モデル“ドリー・コレアン”の出身地でもある!」
「ドリー・コレアン……青がイメージカラーのあの人ですね。というか……ここはマリオネット町なんですね」
僕はマリーと顔を見合わせる。考えてみれば、さっきまでは夕方だったのに今のこの場所は朝だ。時間も違えば場所も違う。けれど、時刻がずれる程遠い場所にいるという事もない。あり得ないけれど、考えられる事は……。
「モルダー。今は何年何月何日ですか?」
マリーは僕の頭の中を覗くように、その質問をモルダーさんに投げかけた。するとモルダーさんは不思議そうな顔をして『1920年1月6日だよ』と答えた。やっぱりそうだ。僕たちは……。
「モルダー。信じ難いかもしれませんが、私たちはどうやら未来からここに来てしまったようです。私たちが元居た場所は“1920年4月20日の夕方、ドルージュ町”です」
「ほぇ~。未来からねぇ~」
モルダーさんは疑うことなくそう返し、寧ろ興味を持って僕たちを見つめ始めた。その目はまさに、スクープを狙う記者の目だった。
「疑わないんですか?」
「疑わないよ! だって目の前に突然現れるなんて手品を見せられたらね~。寧ろ、キミ達がとても興味深い。キミ達が何者で、何でそんな力を持っているのかがとってもアタシは気になるな……職業病だね」
「でも……」と言い、モルダーさんは僕たちを今度は優しい眼差しで見つめ始めた。
「キミ達が居た場所は夕方だったんだろう? それじゃあ、早く帰った方がいい」
「呼び止めたりしないんですか?」
「しないよ! 確かにキミ達のことはとっても気になる。けど、アタシも大人だ。記者といえど、常識が無いわけじゃない。早く帰りな」
「それに、ここなら他の人の目に付かないしね」と最後に付け足して、モルダーさんはニッコリと微笑んだ。好奇心旺盛で元気な人だけど、すごく良い人だ。
「それじゃあマリー。戻ろうか……戻り方は分かりそう?」
「はい、何となく」
「そりゃあ良かった! マリーちゃんは状況変化に強いね! それじゃ、またどこかで会おう。『どんなに離れていても、そこに繋がりがあれば時空を超えてでも繋がれる』よ。アタシの好きな学者の言葉だ」
「それじゃあ、また」と手を振るモルダーさんに手を振り返し、僕たちは再び光の中へと消えた。
「『どんなに離れていても、そこに繋がりがあれば時空を超えてでも繋がれる』、か」
独り残されたモルダーは、人気のない路地裏で空を見上げていた。
「お姉ちゃん。私たちは、繋がれるのかな」
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