Time Doll ―タイム・ドール―

柄針

プロローグ

 ――とある時代のとある夜。


 一人の男が来るか分からぬ未来に向けて、一通の手紙を書いていた。

 激しい雨音が家中を包み込む事で、男の筆を走らせる音がより一層目立つ。


 この家には男一人が住んでいる訳では無い。男の向かい合う机の上に置かれた小さなロウソク。そのロウソクの光すら届かない様な部屋の片隅にもう一人の “小さな住人”は居た。漆黒とも呼べるほど黒くそして沢山のフリルが付いた、今で言うゴシックドレスを纏った小さな少女は、まるで人形の様に静かに眠っていた。仄かなロウソクの光によって照らされた艶のある長い黒髪と、冷たい陶器の様な肌が、少女をより一層動かない人形の様に感じさせる。


 少女が静かに眠っている間に、男は手紙を書き終えた。男は手紙を封に入れて赤い封蝋を溶かし刻印を押した。そのまま少しの間手紙を乾かすと、男は手紙を鞄の中に入れて出掛ける準備を始めた。その物音で少女が目を覚ました事は言うまでもない。


「ご主人、もう終わったのですか?」


 眠たげなブラウンの瞳で男を見上げると、男はすぐさま目を逸らして荷物の準備に取り掛かった。


「お手伝い致します」


「大丈夫だ。まだ少しかかるから眠っていなさい」


 男、45か50代程の老紳士は黒いタキシードを着ながら少女に言い放った。が、そんな話も聞かず少女は自らの分の荷造りを始めた。なるべく目を合わせないように意識していたのだが、やはり気になってチラリと目を遣ると、案の定重たそうに鞄を持ち上げていた。


 男は自身の準備も終わっていた為、何も言わず少女の元へと近づき荷物を持った。少女は一瞬固まって動かなくなった後に、思い出した様に男に向かってぺこりと頭を下げた。


「さぁ、行こうか」


「はい」


 男は少女の手を取り、傘を差して激しい雨の中を進んで行った。慣れた足取りで向かった先はレンガ造りの大きな時計塔、この町のシンボルとも言える場所だった。


「ご主人、ここに何の用があるのですか?」


「時計の針を動かしに行くんだよ」


「しかし、鍵が」


 少女が男の手元を覗き込むと、そこには時計塔の鍵が握られていた。男はしわがれた声で得意げに「町長に出来ない事は無いのだよ」と、少女に言い放つ。が、少女は首を傾げて言葉を返す。


「その言葉には少しばかりの語弊があるように感じます」


「……そうだったね」


 男は時計塔の扉を開き、少女と共にゆっくりと入って行く。


 まるでメトロノームの様に響き渡る大きな振り子の音を聞きながら、男と少女はゆっくりと階段を昇っていく。そのまま最上階に着くと、男は少女を置いて大きな時計の針の元へと向かって行った。それからしばらくすると、男は再び少女の元へと戻って来た。


「ご主人、一体どうされたのですか?」


「それはね」


 男が少女の方へと振り返って言いかけた時、勢いよく階段を駆け下りる音が時計塔に鳴り響いた。男は何かを察した様に少女の手を取り「時間切れのようだ」と言い放った。


 そのまま二人は階段を下りて時計塔を出た後、再び激しい雨の中へと消えていった。

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