第2座

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「どうしてこんなこと覚えなきゃいけないの?わたしは帰りたいだけなの…」

「────マナ、───!」

「わかんないよ…どうして怒るの?わたし悪い事何もしてない…」

叩かれた両手が痛くて、怒鳴られるのが怖くて、毎日泣いていたのはいつの時だっただろう。


********


「───さん!おばあさん!」

「あっ…あぁ耳が遠くて…何ておっしゃいましたか?」

 呆れた顔をした時計店の店主は、カウンターの椅子に座った老婆に大きめな声を出すよう気をつけながら続けて話す。

「こんな素晴らしいペタルをどこで手に入れたんですか?是非これを作った職人にあわせていただきたいのだが」

 わたしです とは言えるわけもないので曖昧に笑って見せる。きっとこの店主にはわたしが汚い老婆に見えているだろうその証拠にひどく嫌な物を見てしまったという顔だ

「良い取引ができれば、あの人を紹介しましょう、どうです?」

 わざとさらに酷い笑顔にみえるように顔をゆがませて笑って見せる、ほら効果てき面!店主の顔も歪んでいた

「……では今回は……全部のペタルで───これで如何です?」

 大量のペタルがはいった箱を積み上げてさっと横に避けると、数字盤をわたしの前に近づける、いや本当はそんなに近づけてもらわなくても見えるけど、この店主は心優しい所があるみたい

「もう一声…といきたいところですが。これでよしとしましょう」

「では!取引成立ですな、すぐに用意してきますのでおまちください」

 やった!思っていた以上に儲けれた…!これだったらもうすこし足りていない物も買えるかもしれない。破れた毛布も繕うには布がいるし、なんだったら厚みがまったくなくなった枕の詰め物も───ルーナの首輪だって

「俺には何も必要ないからな」

ぽそりと呟いたルーナの目の鋭さといったらもう…!

「まだ何も言ってない…それにねこがしゃべらないでよっ」

「なに?いいか───」

「何かおっしゃりましたかな?」

 ルーナの口を咄嗟に塞ぐと、むきになって暴れだしたのを無理やり押さえつける。紙束を手にした店主が変な物でも見たように、ゆっくりと椅子に座ると こちらですと紙束を押し出す。気のせいか先ほどよりも距離を感じる。

「しつけのなっていない猫でして…さぁ夜になってしまう前に帰るとします」

袖で隠した手が見えてしまわないように手荒にカバンにしまうと店を出る。

「こんどは必ず職人の紹介おねがいしますよー!」

 店先に飛んできた店主はよほど追加のペタルがほしいのか念を押してくるので適当に相槌を打つと料理店に向かう足を速める

「ルーナ、もうしばらくはあそこのお店はいかないほうがいいね」

「そうだな。次は根掘り葉掘り聞かれそうだ──新しいドアを見つけた方がいいだろう」

「うん……」

 思いのほか足取りが重い、こんなふうに人と話すのはきらいじゃないむしろ誰かと関わって生きていけたならどんなにいいだろう、どこにでもいる女の子でペタル職人を目指している、そんな女の子を応援してくれる人がいて──

 だけどわたしはどこにでもいる女の子じゃない。だからってこの世に絶望して死ぬこともできない、わたしはただ無作為に生きるために細々と食べて殺されないために逃げる、本来の姿を誰かにさらすこともない──ほらそこにいる恋人達のように、綺麗な服も必要じゃないし髪を飾る事もない

 もしこちらの世界に紛れる事がなかったらわたしはどんな生活を送っていたかな?

いつだって日本が恋しい、家族が恋しい、友達が恋しい……けどどんなに喚いてもこれが現実。

「……なにかな?お祭りでもしてるの?」

「……………」

 夕暮れ時の街が騒がしい、何やら人だかりができているのでそっと近づいてみる。ルーナは人ごみが苦手なのでこういうときは屋根の上に移動して高みの見物と決まっている。

 店がぐるりと囲む円形の広場に集まった人達の中には高揚している人もいれば、退屈そうにしている人、かとおもえば戦慄いている人もいる。

「これって………」


 一歩後ずさる、走り出したいのをぐっと堪える、いま走り出したら不審がられてしまう!


「よく聞け!!我等は金の聖女の使いである!!これよりこの街に潜む悪魔を見つけるためにパーディガルに触れてもらう!一人ずつ前に出よ!」


 体中の血が凍ったみたいだ、身体が動かない──今逃げなければ殺される!

震える足を一歩、一歩後ろへ動かす

 ルーナ!どこ……!?あのドアまで行ける?行ったとしてもルーナがいなければ移送方陣を閉じれない!

急いで屋根を見渡してみてもルーナの姿が見えない、ひょっとしたらすでにドアに向かっているのかもしれない!

 広場の一本裏の道に入ると誰もいない事を確認する、誰もいない…みんな広場に集められてるんだ…!何度か街の人達を牽引して歩く兵士とすれ違ったが もう検査は終わりました、長生きしていると色々ありますねえ と決まっていた台詞を吐きながら空き家へ急ぐ。

「ルーナ…!あんな台詞いつ使うかと思ってたけど…使ったよ…!」

お願い!ドアの前にいて…!



「───そんな…どこにいったのよルーナ…!」

危険だけれど、もう一度さがしに行こう…!来た道とは逆に左から行くべきだと思い切り踵を返す

「どこへ行くんです?ご婦人殿」

「…………もう検査は終わりました…わたしは─」

「いや。終わってませんよ、広場で見た瞬間あやしいと思ったので尾行させてもらいました」

作り笑いを張りつかせた男は腰にあった細見の剣に手をかける。その仕草をわざと見せつけるようすると

「そのご老体ですと広場まで戻ってパーディガルに触れるのはきついでしょう、ここでこの剣に触れてもらえますか」

「……剣に…?」

 スラリと引きぬくと、ぐっと近づけてくる。ローヴ越しにぴたりと剣を当てられてるにもかかわらず、皮膚にちりちりと焦げるような痛みが走る…

これもパーディガルと同じだ!!悪魔をあぶりだすための聖石…どうする…どうする…!?

「おや痛そうですね、やはり悪魔か──」

振りあげられた剣が肩目掛けて振り下ろされていく──これで終わり?あっけない最後だったなぁ…



「マナ!!!」


「!?な、なんだ!」

カランと乾いた音とともに地面に落下した剣は、ルーナが兵士の顔面に飛びかかったおかげだった

「ルーナ!!」

「早くドアを開けろ!!」

 はっとして素早くドアノブに手をかけると茨模様が浮かび上がる、早く早くと焦るも文様は急いではくれない、焦るわたしの横にルーナが飛ばされてくる

「逃がさない…!悪魔めが…!」

苦しそうに息をはくルーナを急いで抱えると、視界の隅に剣を拾う姿があった。


「まっていられない!どうか導いて…!」

 ドアを思い切り開けて中へ飛び込む

ここはどこ!?──真っ暗だ──移送方陣が完全になる前に飛び込んだからわけがわからない場所へきちゃったんだ…

へたり込んだ地面は少し湿り気を帯びているみたいだし草の感触もある…ルーナは気を失ったみたい…ここからどうしよう…


「まて!!」

「えっ!?───嘘でしょう…!」

 あのドアを抜けてきてしまったらしい兵士は暗闇でもわたしを確認できたのか真っ直ぐにこちらへと向かって来ている。ルーナはまだ気を失っている様子でぐったりしている、泣きそうになるのをぐっと堪えると無我夢中で走りだす。

 そのうち暗闇の中で見失ってくれるかと期待していたが勘のするどい男はしつこく追ってくる。

「どうしたらいいの…!」

 こんな日がくるとわかっていたなら、どうしてあの人はわたしに魔力の使い方を教えてはくれなかったのだろう、もし戦う方法をしっていたら───知っていたら……

「……マナ…!まっすぐに走れ…ここは小屋の近くだ…!」

「ルーナ!よかった気が付いたんだっ──そっか…ここ泉の近くだ!」

 パニックになっていたためかまったく気が付かなかった、そうとわかれば話は早い。とにかく走って小屋に入る、そうしてドアを潜ればいいんだ

「わかった!ルーナしっかりつかまっててよ!」

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M-魔王と聖女の騎士の星巡り- クロノグラフが導く運命 波華 悠人 @namihana

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