おはよう、ありがとう、さようなら
大豆
白昼
第1話
片貝裕太は九時を回って目を覚ました。
大の大人が平日に目を覚ます時間ではない。
が、まだ布団から出られただけ自分を誉めてやろうと思っていた。
ここ数週間は「一日一度自分を誉める」と言う
目標をたてている。たてたのは主治医だが。
二階の寝室から階下へ下り、リビングへ入ると洗い物をしている妻が目に入った。
無言だ。
妻の生い立ちは詳しくしらないが、妻の口から「おはよう」「おやすみ」などのワードが出たことはない。
それは「あの事件」とは無関係で結婚以前の同棲時代からだ。
だから片貝もそれを受け入れ、無言で椅子に腰を下ろす。
『だーぱ』
次男の晴日(はるひ)が片貝の膝に抱きついてくる。
今年で三つになるが、未だ「パパ」「ママ」はおろか一歳児なみの喃語しか発語できない。
『ちょっと、買い物いってきていい?』
妻、茜が言った。
『うん。』
片貝は短く答えた。
『晴見ててね。』
そう言って妻は着替え、軽自動車に乗り込み出掛けて言った。
片貝はパジャマのママリビングに胡座をかいた。
晴日は片貝の組んだ足の上に座ってくる。
『あーぱ。あーぱ。』
『…アンパンマン見たいの?いいよー。』
努めて明るく言う。
子供との遊びがあまり分からないので、結局いつも子供の世話をすると言ってもHDDに保存されたアンパンマンやきかんしゃトーマスを見させて終わってしまう。
茜は片貝が晴日に長時間テレビを見せているのを快く思っていなく、以前は『公園でも行ってよ』だとか『どこか行こうよ』など言っていたが、事件以降なくなった。
晴日は無言でアンパンマンに見入っている。
片貝も画面を無言で見つめた。
何も考えたくない。何も行動したくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます