R スピーカー

 スピーカー。音を発生させる機械である。

 巻いたコイルに電流を流し、磁石によって振動させてそれを膜に伝えることで音を出す極めてシンプルな構造であり、それ故に様々な工夫が施される道具だ。

 材料に使われる素材によっても音が変わるとかなんとか。ほとんどオカルトの領域も存在するらしい。


 今回はそのスピーカーがでてきた話だ。




 いやー、体力の効果やばすぎたわ。SNSで話題になってしまっている。

 なんでも、「軌道エレベーターに向かって祈ると体のだるさや疲れが消える」「竜鮫機神国の神をイメージするだけですこし前向きな気持ちになった」「食事前に祈ってみたら飯が美味しくなった」などなど。最後は飯食う元気を取り戻しただけでは……。


 実のところ、効果は本体に直に触れた場合と比べてもわずか0.1%程度なのだが、その0.1%でも疲れている人類には効果がテキメンだったのだ。

 陰鬱な気分では散歩する体力すらなくなるらしいからな。それと比べると多少加算されるだけでも別物となってしまうわけだ。


 えっ、大丈夫? 知性バフの時は基部の街に効果範囲を絞ってたけど、信仰に対する現世利益が世界中に拡散するとまた話が変わってくるのでは?

 木端の信仰心とはいえ、世界全体で祈られるとまた流入量が増える。

 現世利益があると新興宗教が出てきて面倒なことになる。


 まーた調整作業必要になるのかヤダァ……。

 信仰リソース、扱いが繊細すぎて面倒なんだよぉ……。


 ガチャあけよ……。


 R・スピーカー


 出現したのは巨大なスピーカーだった。

 一般的にコンサート会場などで見るとても大きなものが一対、足を組み付けた状態で出現している。

 一方でケーブルもなにもついておらず、すぐには使えない状態のようだ。


 このサイズのスピーカーは個人が所有するものではないような気がする。学校とか、公共施設とか、コンサートホールとかで使うサイズだ。

 あるいは個人でこのサイズのものを使っている人間もいるのか? それはそれで相当うるさそうだが。


 ところでこれ、電源ケーブルはどこについているんだ。三本の端子があるあのゴツい電源ケーブルの穴はあるのだが、それにあうケーブルはついていない。

 無論、音声ケーブルもだ。

 当然一般家庭にこれらを扱えるサイズのケーブルはない。ないったらない。


 まあいいか。ためしに電源だけ入れてみる。電源スイッチはスピーカーの裏にあった。

 一般的な反りのある切り替えスイッチを押し込み、パチリと電源を入れた。


 そして、そのスイッチとともに、突如として周囲から音が失われた。

 なにも聞こえない。

 本来静寂の中でならば自分の内側から聞こえるはずの音すら聞こえない。

 心臓の鼓動に意識を向けても、動きは感じられるが脈打つ音が聞こえない。


 風の音もなく、いつも聞こえる兄や機神やらの作業音も聞こえなくなっている。

 あまりにも音がないために不安な気持ちすら湧いてくる。

 世界そのものが死んでしまったようだった。


 パチリと電源を切る。

 風の音、世界樹の揺れる音、機神の作業音、そして心臓の鼓動。

 それらが戻ってくる。


 そうか……うん……。

 音を喰らうスピーカーか……。

 何もかも消えるのは危ないなぁ……。





 後日。兄が音声用のケーブルを持ってきて接続した結果、特定の音だけ消し去ることが可能になった。

 スピーカーのインプットに音声を入力してやると、その音声に関連する音だけを消し去る仕様だったのだ。

 音楽を流せば、それと同じ音楽をイヤホンに流しても音が消える。

 環境音を流せば、それと同じ環境音が完全に消える。


 つかえ……いや、使えるかこれ?

 消したい音は事前に録音する必要ある? わざわざ?


 手間というか……音声をより分けるのも大変そうだ。

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