R ホームベーカリー

 焼きたてのパンは美味い。これは小麦の質といったものを無視しても真理である。

 何が美味いってあの香りだ。

 香ばしいあの香りが部屋いっぱいに広がり、食欲をそそるのだ。


 そんな素晴らしい体験を可能にしてくれるのがホームベーカリーである。

 小麦粉と水を混ぜたパン種を投入しておくだけで自動で練り上げ、パンを焼き上げてくれる。

 まあ最も騒音が凄いのでそんなにいいものでもないそうだが。


 今回はそのホームベーカリーが出た話だ。













 そういえば加熱すると食品の中身が入れ替わるホットサンドメーカーだが。

 兄が肉まんの生地にコインを入れて包むとかいう無茶苦茶な手段で錬金術をしようとしていた。

 結果として、肉まん生地が発火。

 肉まん生地に含まれる空気が可燃性のガスに置き換えられた結果の出来事だったようだ。

 コインは無事、というか特に変化はなかった。


 流石に肉まん蒸し器のように、なんでもとは行かなかったようだ。


 と……また、調理器具が出現したんだ。

 使うのに効果の予想がつかないのでまあまあリスキーで困る。


 R・ホームベーカリー


 今回はパンを練って焼き上げる家電が出てきた。

 見かけは家電量販店で売っているような普通の全自動ホームベーカリーだ。

 不自然なところがあるとすれば、蓋に作り方のシールが貼ってあることぐらいか。


 えっとなになに。

 小麦粉と水を投入、蓋を閉じる。

 コンセントに接続して、ボタンを押す。

 10分後、完成。


 インスタント簡単かよ。

 ホームベーカリーってもっと面倒じゃなかったか確か。

 というか、10分ってなんだ10分って。あまりに早すぎる。


 まあいいか。

 小麦粉と水を書かれた分量投入する。

 これでいいのか……?

 もっと色々いれるものじゃないのか……?

 そんな疑問が脳裏によぎる。

 だが、書かれている以上、それが適正なのだろう。

 たとえうまく行かなかったとしても、まずは書かれていることに従うのが大切だ。

 失敗したことをその文章のせいにできるから。


 コンセントは部屋から引っ張ってきている物を使用。

 延長コードまみれで一度片付けないと出火しそうで怖い。


 電源ボタンを押す……、とそれと同時に、ホームベーカリーから轟音が響く。

 工事現場のそれに等しいだけの轟音だ。

 いや、うるせえ!


 ホームベーカリーはパン生地を練る関係でかなり大きな音が出ると聞いていたが、これはうるさすぎる。

 どこから出てるんだこの音は。


 今日日洗濯機でもそんなに震えないぞと言いたくもなる勢いでホームベーカリーは振動を続けている。

 というか接地面が時々浮いている。

 中のものを振り回しているからかグラグラといつ倒れてもおかしくない揺れ方をしているのだ。


 その傍若無人な動作は恐怖すら覚える。

 適当に置いていたら周囲の物を破壊していただろう。

 というか戸棚に置いて動かしたら間違いなくコップが割れる。


 チーン、と高らかな音とともに、ホームベーカリーは動作を停止した。

 本当に10分で作りやがった……。

 本来のホームベーカリーは生地をこねるのと、発酵させるのと、じっくり焼き上げるので5時間ぐらいかかるはずだが。


 蓋を開けてみる。

 そこには……、きつね色をした兵糧丸のような何かが一つだけ入っていた。

 え、これはなに。


 ただ、匂いは間違いなく焼き上げられたパンのそれだ。

 表面の色合いも焼き上げられたパンのそれなのだ。

 そこにあるのは兵糧丸のように圧縮された小さな球体が1つだけなのに。


 あまりに得体が知れない。

 そっとその兵糧丸を兄に渡すことを決めたのだった。











 後日。兄が肉まんをホームベーカリーに投入していた。

 あの兵糧丸は間違いなくパンだった。ただ、兵糧丸サイズになるまで圧縮されていただけだったのだ。

 いや、小麦粉と水しか使ってないからパンか? そこはまあいいか。

 兄が時間を掛けてかじりながら食べていたが味は普通とのこと。


 ホームベーカリーが入れられた食品を兵糧丸サイズに圧縮する、という点に注目したのかわからないが、兄は肉まんを兵糧丸にしているのだ。

 それで兵糧丸を作れてしまうんだから恐ろしい話だ。

 あのガクガクと恐怖を覚える動きの殆どは中身の圧縮に使われているということなんだから。

 じゃああのパン兵糧丸はどこから来たんだ。


 肉まん投入で出来上がる肉まん兵糧丸。

 小さく食べやすく、腹持ちがいい。

 最も味の方は圧縮された肉まん。


 何に使うつもりだ、兄よ。

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