R 断ち切るハサミ

 馬鹿と鋏は使いよう、というように、ハサミという道具は切るという動作において不思議な構造をしている。

 構造上、ハサミは鋭く研がれている必要がない。二枚の刃で擦り合わされる一点に力を集中することで物体を裂く作りになっているためだ。

 このため、子供用のハサミはプラスチックで出来ている物が存在するほどだ。 

 またすり合わせる、という動作の都合、力点が移動していく。刃を滑らせたわけでもないのにものを切るという動作が可能なのだ。


 こうして考えてみると、変わった作りだと言える。

 最も、普通に鋭くなければ力を掛けられる点がうまく切るものの上に来ないのでいいものを使うべきではある。


 今回は、その性質を逸脱するハサミが出た話だ。










 兄が、ヒヒイロカネを転換した肉まんを大学の研究室に持ち込んだ。

 さすがの兄も金属を変換した食べ物を食べる気にはならなかったらしく成分分析を行ったのだ。

 結果はといえば、ごくごく普通の肉まんだった。

 しかし交換が行われているわけではないらしい。

 あの肉まん蒸し器の肉まんは入れるものによって味が変わるのだ。


 つまり、あれはあらゆるものを肉まんとして食えるように変換する装置なのだ。

 ただし、味は入れたものに依存する。

 蒸しケーキが粉っぽい味になったように、ヒヒイロカネは光沢感のある高級な味になったのだ。

 いや、光沢感のある高級な味ってなんだよ、と言いたくもなるが、兄がそう言っている以上そうだとしか言いようがない。

 この辺り兄は嘘をつかない。


 うーむ、実質あらゆる物を食えるようにしてしまう蒸し器は人類の味方なのではなかろうか。

 まあ肉まんしか作れないのだが。


 さて、ガチャを回すか。

 ヒヒイロカネ製のコインを入れるようにしてからカプセルがヒヒイロカネ製になるようになったが、また最近違う種類の金属になるようになった。

 銀色をしているんだがアルミでもジュラルミンでも無い。これは一体。


 今回出現した景品はこれだ。


 R・断ち切るハサミ


 見た目は洋裁用の断ち切りバサミだ。ごつい鋼鉄製のハサミで、とにかくでかいのが特徴だ。

  刃の切れ味は微妙と言わざるを得ない。

 普通に閉じるだけでは紙すら切れないのだ。


 ハサミとして欠陥品と言わざるを得ない。


 カチカチとすり合わせながら手の中で弄ぶ。

 途端、何かを噛んだかのようにハサミが閉じなくなる。

 それと同時に感じる手応え。


 テラスの梁にハサミが食い込んでいた。


 何を言っているかわからないと思うが、私の手の中にあるハサミの刃が、テラスの梁に食い込んでいる、としか言いようがない。

 ハサミの位置から1m~1.5mぐらい上の梁に見えない刃が食いついている。


 大体わかった。

 私はハサミに力を入れて、閉じる。

 それと同時に、食い込んでいた刃が梁をえぐり取った。


 断ち切る、とは大層な名がつけられたものだ。

 実際は刃の距離を延長……いや、おそらくは刃の先に切断面が移動しているんだ。

 そして、その刃は対象をねじ切る。ハサミの基本動作を無視するようなえぐり方をする。

 どうしてそうなるのかはわからない。

 おそらくは……作ったやつの怠慢だ。実際に拡張してみたら人の握力ではハサミとして使えなくなった、とかその辺だろう。


 なんだよこれ。

 これはハサミじゃねえよ!







 後日。兄がこのハサミを使ってダンジョンの壁を叩いていた。

 奇行はいつものことだが、何をやっているのかよくわからないのは珍しい。


 つついていたハサミに何かの手応えを感じたのか、そこでハサミを握り潰すように閉じて、兄は何かを切断した。

 それは壁の中にあるという仕掛けだ。


 そのハサミ壁の向こうを切れるってマジ?

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