R 苗木

 庭というものに憧れたことはあるだろうか。私はない。

 部屋にしかり、庭にしかり、そこには必ず個人の世界が広がっている。

 どこに何が置かれているかから始まり、調光や植生に至るまで、こだわりが強い人間ほどその個人の考え方が投影されやすい。

 生活感に侵食されるのは個人がそこに生きているからであり、それ故にその場所には個人の考えが焼き付く。

 よほど慎重でもない限りそれを回避するすべはない。人が自分の場所に固執する生き物である限り。


 それ故にその場所に異物が存在するということは本来恐怖なのだろう。あのガチャ筐体のように。

 ……マジでなかったことになりませんかね、アレ。



 実験室という実質的な個人用の庭を手に入れた私だが、半径30mという個人で扱うにはやや広すぎる感覚のある空間である。

 そのため兄に見せてみたのだが、それからは本当にひどかった。

 元から私の部屋に遠慮なく入ってくる兄だったが、ここ一週間ぐらい私のプライバシーといったものを全く無視した出入りが行われていたのだ。

 それもこれも実験室にいろいろなモノを持ち込んでいるのが原因なのだが何をやっているのか。

 だいたい想像はつく。


 実験室の扉を開けると、テラスが出来上がっていた。木材だけを組み上げて作られたテラスは穏やかな風が感じられ、気持ちよく眠れそうだ。

 眠るで思い出したがこの実験室、夜がない。ずっと太陽が頂点にいるのだ。

 どこか日本ではないところにでも接続されているのかと思っていたが、そうではないらしい。


 まあいい、テラスの話だ。

 あの酔狂な兄の工作ながら出来が良い。足場もしっかりしているし、ひさしにもしっかり透明な板が入れてあり、雨にも対応できるようになっている。

 それにご丁寧に手すりまでついている。


 めちゃくちゃしっかりしたテラスじゃないかこれ。

 何やってんのあの人。


 ガチャ筐体が扉に干渉する関係上、大きな家具が持ち込めないのが不満だが、そこは文句を言っても仕方ないだろう。


 なお兄を褒めるとろくなことにならないので褒めなかった。


 今日はテラスが完成した祝いだとか言い出してガチャを回すことを急かされた。

 何かに付けて妙なことをしたがる兄としてはやはりお気に入りの道具らしい。

 いつもの白いカプセル。中身は


 R・苗木


 だ。なんというか、これが妙なアイテムなのだ。妙なのはいつものことなのだが、なんというかゴツゴツしていると言うか……。苗木であるのは間違いない。木の枝ではある。


 ドット絵をそのまま立体化した形をしているのだ。


 それも16×16、めちゃくちゃ低画素の、だ。

 なんだこれ……。


 普通の苗木のように植えれば良いのか? そもそも植えたところでなにか変わるのかこれ?


 わからん。なのでテラスのすぐ脇に雑に植えておいた。

 元気に育てよ植物くん。



 翌日。めちゃくちゃでかくなっていた。

 いや、本当にでかい。

 え、なんで? こんな急にでかくなるものなの?

 10m位あるんですけど。太さも2~3mぐらいありそうなんですけど。


 しかも、だ。あの低画素な苗木から出てきた木だ。

 幹がめちゃくちゃ四角いのだ。

 どうなってんのそれ……。


 四角い幹に四角い葉の塊が複数生っている奇妙な木が生えてしまった。

 世界観を侵されている気がする。多分気のせいだ。気のせいということにしておく。





 翌日。素手で木を破壊し、製材している兄の姿を見て、世界観が侵されていたのは気のせいではなかったことを知るのであった。

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