第7話


「ふむ。食事なら饅頭まんじゅうが良い」

「饅頭? あの餡子とか蓮の実とかが入った甘いお菓子の?」

「いいや。肉や野菜をごった煮にした餡を少し甘めの小麦粉の皮で包んだものだ。ほかほかの湯気で蒸したやつがよい」

「それって、肉饅頭?」


 朧月は「そうそう」と嬉しそうに頷いた。

 蓮花は女官たちの間食に用意された肉饅頭をつまみ食いした事がある。おいしかったが、あれは仕事の忙しい女官たちが急いで腹を満たすための料理だ。お礼にねだられるようなものではない気がする。


「本当に肉饅頭なんかでいいんですか?」

「ああ。もちろんだ。実はここに来る途中に、たくさんの屋台や店先の蒸籠からモクモクと湯気が上がっておったのだ。それになんとも心引かれておったのだ」

「でも、せっかくのお礼が肉饅頭なんか……」


 実のところ、ちゃんとした食堂ではどう注文したらいいのか分からない蓮花であったが、それなりの金子が入っている巾着をスリから取り返してくれたお礼が、屋台や店先で売っている肉饅頭ではさすがに安すぎる気がしたのである。


「うむ……。では、こうしよう……」


◇◇◇


「あ、またありましたよ」


 蓮花はモクモクと湯気を上げている、店先の蒸籠せいろを指さした。その店に走って行った蓮花は、大きな肉饅頭を一個買って戻って来る。


「今度は皮が厚いようだな。先程のは小さかったが皮が薄くて肉の餡がたっぷりだった。あれもうまかったが、これはどうか……」


 受け取った肉饅頭を朧月は鑑定するかのように、上下左右から眺めると、パクリとかぶりついた。とたんに朧月は、「なかなかの美味じゃ」と頬をゆるませる。


 そんな朧月を蓮花は呆れ顔で見ていた。


「それ、何個目の肉饅頭でしたっけ?」

「……確か、十三個目か?」


 朧月がした提案は、肉饅頭食べ放題だ。安価な肉饅頭でも個数が重なればそれなりの値段になる。それよりもなによりも、こんなに肉饅頭を喜んで食べてくるのならば、お礼におごった甲斐があるというものだ。

 ちなみに蓮花は三個目の半分で、お腹がいっぱいになってしまった。残り半分も朧月が食べたので、正式には、朧月が食べたのは十三個と半である。そして忘れてはいけない。朧月は直前に腹に溜まる甘栗を大袋一杯食べているのだ。


「朧月さんは、よほど食べるのが好きなんですね」

「そういう訳ではないのだが……。今は食べるしか方法がなくてな。だがまあ……肉饅頭は好きだよ」


 ふわりとした朧月の微笑みに、蓮花は目を奪われた。ドキドキと心臓が早鐘のように打つ。


――あれ? さっきの肉饅頭にお酒が入っていたのかな?


「そうだ、朧月さん! 肉饅頭の逸話を知ってます?」

「逸話?」

「そう。女官……じゃなくて、近所のお姉さんに聞いた話なんですけど……」


 蓮花は、つまみ食いをしたときに聞かされた話をした。それはこういうものだ。


 ある時、何度橋をかけても流されてしまう川があった。その近くの村では、氾濫を静めるために川に住む魔物に生贄を供える事にしたそうだ。

 その町を通りかかった龍騎士がそれを知り、こねた小麦粉の中に肉を詰めて人の頭の形にしたもの生贄の代わりにせよと命じた。村人がそのようにすると魔物は肉饅頭を人の頭だと思い満足して川は治まり、それ以降も氾濫する事はなかったのだそうだ。それから毎年、その村では肉饅頭を川に捧げる祭りがあるそうだ。


「つまりね、肉饅頭は意外とすごいって話です!」


 腰に手を当てて反り返った蓮花だ。朧月がというと、肉饅頭を食べている時に生贄の話をされるのは、なかなか微妙だと思いながらも肉饅頭にかぶりつく。

 朧月はもぐもぐと口を動かし、ゴクリと嚥下する。


「その話は、我も知っているが……少し違うようだ」

「え? どう違うんですか? 教えて下さい!」

「うむ。それは年若き一匹の龍と若者の話だ……」


 龍の話と聞いて、蓮花の龍好きが刺激される。

 朧月は、優雅に手巾で指をぬぐってから語り始める。

 まだ年若い龍が住む川があった。清らかな流れの川であったが、上流の森で伐採がひどく行われてしまったため、地滑りを起こし川は汚れよく氾濫をするようになった。それを知らない下流に住む街人は、氾濫するのは川に魔物が住み着いたからだと考え、生贄を差し出そうと計画した。そこへ折よく旅人が現れた。その旅人を街人は捕らえ、生贄の儀式の準備を整えた。それを知った龍は小さく変化へんげして街へ行き、生贄の男を見つけると逃げるように言った。その時、生贄の男は、閉じ込められた民家の中で、豪胆にも残り物を使い勝手に料理をしていた。その料理が肉饅頭だ。男に勧められて食べた肉饅頭は龍の心を捉えた。そしてその場で、龍は男の恋龍となった。慌てたのは街の者である。龍が恋している男に手出しすることはできない。それで龍に魔物を倒して、氾濫をどうにかして欲しいと懇願した。龍は川の氾濫は魔物の仕業ではなく、上流の伐採が原因だという事を教えた。そしてすぐに男を連れてその街から逃げ出したのである。上流の伐採を止めたが、すでに川に龍がいなくなってしまったために水は汚れたままだった。そこで街人は、もう一度龍を川に戻ってもらおうと、龍の心を奪った肉饅頭を川に流す祭りを始めたのであった。



「すごいです。朧月さん! 朧月さんはどこからそんな話を? もしかして、実際に肉饅頭を川に流す祭りに行ったことがあるのですか?」


 龍に関する古文書は、龍騎士訓練所に続いて皇宮が多い。その皇宮の古文書全てに目を通してきた蓮花でさえ知らなかった話だ。


「ちなみに、その生贄の男の名は孝順こうじゅんという」

「!!!」


 孝順。それは約五百年前、宝珠の宝貝ぱおぺいを清藍国にもたらし、第三皇女と結婚し、龍騎士隊を作った人物だ。もし朧月の言う事が本当ならば、この話は国の英雄と、その守龍の出会いの物語となる。これは一大事だ! 蓮花は興奮に打ち震えた。

 ふっと朧月は笑った。


「蓮は、まだ子供だな」


 その言葉で、蓮花はハッと気がついた。


「朧月さん、からかったんですね⁉」


 朧月は立ち上がると、パンパンと服の汚れを叩いながら「それはどうかな」と呟いた。

 結局、本当かどうかは分からないままだ。


「さて、次はどんな肉饅頭を食そうか?」

「げっ、まだ食べれるんですか!?」

「当たり前であろう?」

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