第6話

「誰だ⁉ またしてもお前か⁉」


 金餅は蓮花を睨む。が、蓮花の後ろから後宮にいる姫に勝るとも劣らない、優美な少年が出てきた。着ている物も、金餅とは違って派手さはないが、同じくらい……いや、それ以上に質が良さそうだ。


「失礼。君があまりに醜悪なもので、つい……ね。許してくれたまえ」


 扇子で口元を隠しながら、謝っているとは似つかない偉そうな様子で、少年は金餅をせせら笑う。


「な、なにぃ!! お、俺様を侮辱するとは、なんて命知らずな!! 名を……、名を名乗れ! 孫家の名にかけて、お前が死んだ方がましだと思うような目にあわせてやるぞ!」

「おやおや、脅している相手に名乗るバカがいるものか……。顔だけでなく、頭も悪いんだね」


 クスクスと笑う。そしてつと顎を上げて、金餅を見下すように「でもいいだろう」と言い、扇子を畳んだ。少女のように、薄桃色の唇がうっすらと持ち上がる。


「僕の名は、洛修らくしゅうはん洛修だ」

「は……氾? ま、まさか……氾家だと?」

「ほう、君も知っているのか? まあ、多くの高官を出している家だから、君程度の家柄の人間でもさすがに知っているか」


 蓮花は「ひえっ」と、顔を隠した。

 少年――洛修に見覚えはないが、氾家の者には十分すぎるほどに見覚えがある。なにせ、はん皇后の実家だ。それに「多くの高官を出している」というのも、控えめな表現だ。なにせ、大臣の半数を氾家の親族が占めるのだ。ある意味、皇家よりも力を持った一族である。もちろん皇宮、後宮に出入する氾家の人数も他家の比ではない。


「は、氾家の者がなぜ、こんなところに」

「決まっている。龍騎士になるためだ」

「りゅ、龍騎士だと。落ちたら恥になるのにか⁉」


 家柄の高い家の青少年が、家名によらない自分だけの誉を求めて龍騎士を目指す者もいるが、反対に落ちる事を矜持が許さない者もいるのだ。


「恥ではないよ。僕にその才がなかったとしても、それは龍にとって必要がなかったというだけのこと。僕自身の欠点ではないからね。でもそういう君はどうなんだい? 落ちるのが恥ならば、受検しなければ恥をかくことはないよ」


 洛修は暗に「受けても無駄だ」と言っている。しかし金餅はそれに気付かない。


「ふむ。俺様も、氾家の者とつながりを持っておくのも悪くはないな。よし、俺様が龍騎士になったら、お前を側近にしてやってもよいぞ。どうせ、、氾家とは言っても傍流なのであろう?」

「今の皇后は僕の叔母だけど」

「!!」


 氾皇后は、氾家当主の妹だ。そして二人きりの兄妹。今の氾家当主は、子だくさんだとは聞くが、洛修が何番目かは分からないが氾家当主の息子だということは確実である。

 洛修は目をクッと細める。


「そういえばさっき、君は僕に『死んだ方がましだと思うような目に合わせる』って言っていたね。そんな事できるの? 宝物庫の管理人の役目しかできない無能な孫家の息子が」

「く……!」

「何もできないんだから、君は大人しく可丈先生の指示に従った方がいいよ」


 再び洛修は扇子を広げて口を覆い隠した。そして、ボロボロの青年と同じく野宿をしていたとは思えないような小奇麗な身なりの男から二番の番号札を受け取って、「ご苦労様」と労をねぎらう。もう金餅のことなど眼中にない様子だ。

 可丈もしびれを切らして、いかにも面倒くさいといった風に声をかける。


「おい、孫家の。女を入れるのなら、一番は失格だ。二番の奴から入れるぞ」

「な、何を!!」

「俺はどっちでも構わねえ。さっさと決めろ」


 怒りで血管を浮かび上がらせながら、金餅は乱暴に下女を払いのけた。

 どさりと倒れる下女。蓮花よりも一つ、二つ年下の少女のようだ。ずいぶんと細い体で、青白い顔をしている。その倒れている少女の元に、列を一番で並んでいたボロボロの青年が駆け寄る。


「だ、大丈夫か⁉ 怪我は⁉」

「……大丈夫よ。お兄ちゃん。それより、こんなことをしたら金餅様が……」


 どうやら二人は兄妹のようだ。

 妹が「あっ」という間もなく、目を血走らせた金餅が青年の髪をひっつかみ、乱暴に引っ張り上げる。


「女じゃなきゃいいんだな。だったらこいつを連れて行く。それなら問題はないな⁉」


 可丈は無表情で頷いた。


しゅん、さっさと行くぞ! 日傘をさすのだ。俺様の肌は日に弱い、繊細な肌なのだからな!」

「は、はい」


 隼という青年は、装備も与えられない一週間の野宿で、本当は立っているのも辛いのだろう。しかし金餅と一緒に可丈の後を追って、龍騎士訓練所の門をくぐった。そして一瞬だけ後ろを振り向き、軽く蓮花に会釈をする。


「人というものは、よくもあんな不自由を容認できるものだな……」

「え?」


 声のした方に顔を向けると、口の中にぽいっと何かが放り込まれた。熱くて、香ばしくて、甘い。


「もぐ……甘……もぐ……栗?」

「そうだ。うまかろう?」


 いつの間にか戻ってきた朧月が、大きな甘栗の袋を抱き、器用に片手で皮をパキッと向いては自分の口に投げている。


「はい。おいしいです」


 開いた蓮花の口に、再び甘栗が投げ込こまれる。

 朧月は一度に五つもの甘栗を口に入れる。それも優雅に……。なんて器用な人なんだろう、と蓮花は思った。

 三個目の栗を口に放り込まれた後、蓮花は口を手で覆った。


「おいしいけど、もういいですよ。そんなに食べられない」

「そうか?」


 そういう朧月は、再び甘栗を五つ口に入れる。


「それにしても、さっきのあれ見ましたか?」

「あれ? あの不自由な人間か?」

「不自由……? ええ。まあ、そうですね。確かにあの隼さんって人は、不自由ですよね。孫家の使用人なんて辞めてしまえばいいのに」

「何か理由でもあるのであろう」

「そうかもしれないけれど……。それにしても、あの孫家のバカ息子。あんなに性格悪くちゃ、検査を受けるだけ無駄だと思いませんか?」

「……さあ。検査はともかく、龍の中には悪食の龍がいるからな。性格の悪い者を好む龍がいるそうだ。あの者も、あるいはそういう龍に好かれるかもしれぬぞ」

「え? そうなんですか?」

「うむ。しかし龍に好まれても、その力を使いこなすには、本人に神力を受け入れる魂の器がなければならぬ。適性検査を合格しても、宝珠を作る事ができぬ人間というのは、結局のところ、神力を受け入れられる魂の器が足りないかということだろう」


 蓮花は聞いたことがない話に、目を白黒させる。蓮花とて、皇宮の古文書を読み漁り、龍の知識は深い方だと自認している。そんな自分でさえ知らない龍の話をする朧月に、蓮花は無条件の敬意を抱いた。


「朧月さんって、龍に詳しいんですね!」

「うむ」

「朧月さんも龍が大好きなんですか?」

「大好き?」

「はい。わた……僕、龍が大好きなんです! 龍が大好きで大好きで……。だから龍騎士になりたくて適性検査を受けに来たんです!」


 朧月からは輝かんばかりの笑みがこぼれ落ちた。そして蓮花の高く男髪に結った頭を「そうか、そうか」とグリグリと撫でまわす。きっと朧月も龍が大好きな仲間ができて嬉しいんだろうと、蓮花は勝手に親近感を高めた。


「あ、そうだ! スリを捕まえてくれたお礼をさせてください! 食事なんてどうですか? 僕たちの番号札は、二千十三百六十五と六番。さっき受付の人に聞いたら検査は夜になるそうです。街をぶらつきながら、なんか食べませんか?」


 蓮花の言葉に、朧月は相好を崩した。


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