第2話


 それから時は流れ、現在。



 清藍国の歴史では、かつて龍が人間に恋していたことも、人間に恋をした恋龍が「龍の恋人」である青年の恋の成就を助けるために宝珠の宝貝ぱおぺいを授けて、人間と龍との関係が変わった事も忘れられていた。五百年というのは、人間には遥か昔だからだ。しかし龍にとっては振り返る事のできる思い出だ。しかし、龍は揃って口を閉ざしたのである。


 現在は宝珠の宝貝ぱおぺいは国が管理している。貴重な物ゆえ、秘密の場所で保管し、その場所に行けるのは宝珠を作れる可能性がある者、そして龍騎士隊として国に仕える忠誠心と力を持つ者だけとなった。宝珠を作れる可能性があるかどうか、つまり巨大な魂を持つ者かどうかは、魂の宝貝ぱおぺいによる適性検査で分かるようになった。適性検査に合格すれば、その後は龍騎士候補生として訓練所に入る。そこで龍騎士として国に忠誠を尽くし、それだけの力を持っているかを示さなくてはいけないのだ。


 今日がその適性検査の日だ。蓮花が龍騎士になるためには、まずはこの適性検査を合格しなければならない。

 しかしこの適性検査を受けるには一つ、問題がっあった。受検資格が、十五歳から十八歳までの男子ということだ。

 かつて十四歳以下、十九歳以上で宝珠を作った者はなく、また女子もそうであったからだ。十五から十八歳までの若者でないと魂の分割に耐えられずに自我が崩壊してしまう。また人間の記憶は薄れても、龍が恋していたのは男だけ。龍はめすしかいないため、女が宝宝珠を作っても無駄だと思われていたのである。


 蓮花は十五歳だ。年齢は問題がない。でも女なのは問題だ。本来なら適性検査の受検さえできるはずがない。蓮花がしているのは、そのための変装なのだ。


 さらしを巻き直した蓮花は、男性用の肌着を着て下履きを履く。その上からほうという、肩から足首の少し上まであるゆったりとした上着を被り、帯を結んで丈とあわせを調節する。最後に、玉葉が蓮花の長い髪を、くるりくるりと丸めて団子を作り、布で団子を覆い隠すと男髪の完成だ。

 鏡に映った蓮花は、少年にしては顔つきが少し繊細だが、キリリとした眉毛に意志の強そうな目が、実に少年らしい。


「さあ、できました。こちらをお向き下さいませ」


 内心では、本当にさらしなんか必要あるのかしらと思っている、ささやかな蓮花の胸が全くの平らになったのを確認すると、玉葉は小さく頷いた。


「し、死ぬかと思った……」


 蓮花は倒れこむように、脇息きょうそくにぐったりともたれかかる。


「あ~あ。こんなに苦しいのなら、姿変えの宝貝ぱおぺいを使えばよかった……」


 玉葉は、眉をひそめる。


「いくら宝貝ぱおぺいが神様や仙人様がお作りになった不思議道具でも、安全かどうかは別物ですわ。空を飛ぶ履物や、水が噴き出るかめなどはまだしも、何が目的でつくられたのか分からないような、……例えば、割っても割っても中から卵が出てくる卵とか、座ると必ずしゃっくりが出るなんて座布団なんてものがあるんですもの」

「それはそうなんだけど、でも……」

「いいえ、いけません。宝貝ぱおぺいは危険なものも多く、実際、姿変えの宝貝ぱおぺいは、性格まで変えてしまうという副作用がございます。それでも使いたがる人が後を絶たず、今では皇宮の宝物庫の奥に厳重にしまわれているような品でございます。姫様だって、それが分かっているからこそ姿変えの宝貝ぱおぺいをお使いにならずに、変装をなさったのでしょう?」

「それもそうなんだけど……」


 蓮花は大きく息を吸い込もうとして、息苦しさからゴホッと咳こんだ。

 蓮花が適性検査に合格したら、その後には龍騎士候補生として全寮制の龍騎士訓練所に入らなくてはならない。養成所に入ったら、この変装を毎日しなくてはならないのかとげんなりした。


「いよいよでございますわね」

「うん。ここまでこれたのは、玉葉のおかげだよ」

「いいえ……。わたくしは何も……」

「お母様の法要が適性検査の前日になるように、丁家に働きかけてくれたじゃない!」


 法要がなければ、いや別の日だったらこうはいかなかったはずだ。玉葉はふんわりと笑って、蓮花の頬を手で包む。


「でも皇宮から出られるように、はん皇后に頼み込んだのは姫様ご自身ですわ」


 玉葉は、蓮花の頬に手を置いたまま遠い目になった。

 数か月前、蓮花はしんしんと冷える通路で後宮の最高権力者であり、母を亡くした蓮花の母代理を務めるはん皇后に、土下座をして宿下がりを願い出たのだ。

 はん皇后は、亡くなった蓮花の母を含めて四人いた皇妃の中でも一番家柄も良く、一番美しく、一番賢く、一番高い地位を持っている女性だ。しかし、美しくはあっても無表情で何考えているか分からないはん皇后を蓮花は苦手としており、できるだけ鉢合わないように生きてきた。会えば頭がグルグルして、言わなくてもいい事を言ってしまい自爆してしまうからだ。その蓮花が、はん皇后の前にいきなり駆け込みがてら土下座した。それはそれは見事な滑り込みである。無表情なはずのはん皇后も、さすがに顔が引きつっていた。

 それでも法要のために宿下がりをしたいという願いを聞いたはん皇后は、蓮花に許可を出した。皇宮の奥深くの後宮に住む女人にとっては、めったにないような許可である。玉葉は、蓮花が恐れるほどはん皇后は怖い方ではなのではないかと思ったほどである。その後、蓮花の側仕えや女官全員が、蓮花の奇行によりはん皇后に大叱責を受けるまでは。

 はん皇后に叱責されたことは、蓮花には内緒である。蓮花のせいで玉葉たちが起こられたと知れば、ひどく落ち込むのを知っているからだ。

 そんな玉葉の胸の内を知らずに、蓮花はため息をついた。


「まあね……。それだけ必死だったって事よ」

「そうですわね。適性検査を受けられるのは、この一回きり。来年にはご結婚されるんですものね。それも当の『龍騎士』と……」


蓮花は、それまでの半ば浮かれた表情を一転させて、暗い顔で吐き捨てた。


「ホント、いったいどうして『第三皇女は、龍騎士と結ばれるべし』なんて掟があるのかしらね?」


 蓮花だって知っている。それは清藍国と宝珠の宝貝ぱおぺいを授けた龍との約定だ。五百年も昔の事なので、詳細は伝わっていないが、清藍国の第三皇女は十六歳で龍騎士と婚姻しなければならない。かつて、それの掟を破った第三皇女がいたが、その時代には疫病が流行り、魔物が横行し、国が乱れた。それ以来、頑なにその約定は守られている。

 まだ蓮花の結婚相手は決まっていないが、今年の龍騎士が誕生したら、その新しい龍騎士を含めて一番優秀な者が選ばれるはずだ。

 でもその第三皇女本人が一番優秀な龍騎士だったら?

 もしかしたら結婚しなくてもいいかもしれない……。そう蓮花は考えた。玉葉が、無謀ともいえるこの作戦に協力したのも、この蓮花の想いを知っていたからである。そして玉葉は蓮花と違い、適性検査に受かるとも思っていなかった。ただ、適性検査に落ちてすっきりすれば、結婚に対して前向きになるのではないかと考えただけなのだ。


 部屋に明るい光が差し込んだ。

 もう夜は明けたのだ。それぞれの想いを込めた適性検査の日が始まる。

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