第三皇女ですけれど、女禁の龍騎士訓練所に入りました
宮城野うさぎ
第一章
第1話
凍てつくような夜明け前の空に、満月と
その丁家の屋敷。まだ日も明けきらないというのに、まるでカエルが潰されたような苦し気な声が聞こえる。
「ぐっ……。ぐ、苦じい!」
「嫌なら、お止めになりますか? 姫様」
うんざりとしてはいるが、鈴のようなかわいらしい声で玉葉が問いかける。
「い、嫌よ!」
「なら、我慢なさって下さいませ」
玉葉は「せ」の発音と同時に、蓮花の胸のさらしをギュッと締め上げ、蓮花はさらにぐえっと悲鳴を上げた。
「それにしても、この玉葉には分かりませんわ。皇宮の奥で蝶よ花よと育った姫様が、こんなことをなさるのか……」
「え? この変装の事? そりゃあもちろん、龍騎士の適性検査を受けるためだよ」
「そうではございません! わたくしが言っているのは、どうして姫様が龍騎士になりたいのかでございます!」
ふいに、蓮花は力強く立ち上がった。
「どうして私が龍騎士になりたいかですって?」
蓮花はさらしなどしなくともほとんど膨らみのない胸を張り、女性らしいくびれもない細い腰に両手をガシっと置いた。
「そ──んなの、決まっているじゃない! 私が龍を大好きだからよ!」
深い理由などない、実に明快な理由であった。
蓮花が鼻息をフンと鳴らした瞬間、胸をおさえつけていたはずのさらしがハラリと落ちる。
「きゃああああ!!」
悲鳴を上げて、蓮花は胸を押さえてしゃがみ込む。
「姫様! 使用人が集まってしまいます! お静かに!」
「ご、ごめん玉葉」
「姫様! もう一度最初からやりなおしです」
また最初からあの苦しい思いをするのかと、グデッとなった蓮花であった。
龍は神力を持った、神獣である。その力はどんな獣も足元に及ばず、翼もないのにどんな鳥よりも速く空を駆け、その知恵はどんな知恵者であろうと足元にひれ伏す。
そんな龍にも唯一の悪癖があった。
龍の千年とも二千年ともいわれる長い一生の中で、たった一人の人間の男に恋してしまうのだ。龍は
しかし時代は変わる。
五百年前、清藍国のある青年が、自分の恋龍に願った。ある人間の娘と結ばれるのを手伝って欲しいと。いくら「龍の恋人」と呼ばれようとも、姿も、大きさも、寿命も、そして存在さえも、全く異なる龍に恋する人間はいなかったからである。
恋龍は嫉妬に苦しんだが、青年の望みを叶えてやることにした。龍は恋する人間の望みを叶える生き物だったからである。
龍の仲立ちで青年と娘は恋仲になったが、娘の親から結婚は許されなかった。何故なら、娘は清藍国の第三皇女。身分違いの恋だったのである。
青年は再び恋龍に願った。第三皇女と結婚をしたいと。
恋龍は青年にある
しかし誰でもこの
そして宝珠を作ったからといって、その宝珠を龍が気に入るかどうかは分からない。宝珠には作った者の性質を強く反映するからだ。要は、宝珠を作れるのは開始線に立ったに過ぎない。宝珠を受け取るも放っておくも、龍の好み次第というわけだ。
かくして、龍は人に恋をしなくなり、「恋龍」もいなくなった。しかし人と龍の間が疎遠になったわけではなく、恋の代わりに宝珠で関係を結び、「恋龍」を「守龍」と、「龍の恋人」を「龍騎士」と名を変えて信頼や友情を結ぶ関係は続いていった。
変化した点は他にもある。龍は一生に一度しか恋をしないが、龍は気にいった宝珠があれば、何度でも受け取るようになった。その結果、龍の恋で始まる「恋龍」と「龍の恋人」は百年に一度しか誕生しなかったが、宝珠で始まる「守龍」と「龍騎士」は数年おきに誕生するようになったのである。宝珠の
龍は比類なき力を持った生き物である。龍騎士隊に敵対できるようなものはどこにもおらず、ほどなく清藍国は「龍に愛されし国」と称されるようになった。
青年は龍騎士隊を率いた功により、第三皇女と結婚が許されたのだ。かつて、自分に恋する龍に願った通りに。
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