第一層 深淵の森
4 ネバラの歩き方
歪な塔の外側に設置された重苦しい扉を開いたロイドが、何のためらいもなくネバラの中に入っていく。続くメアとマリィも、ロイドへ続いて扉を潜っていった。一瞬遅れて俺も通過するが、その瞬間に不思議な違和感に襲われる。まるで一瞬だけ時間が飛んだかのような、まるで瞬間移動したかのような不思議な感覚。
「それでは今日はシュンさんにネバラの歩き方をレクチャーしましょうか。ご安心を、第一階層自体はオーパーツを持たない一般人でも普通に出入りできるくらいには安全です! 下手に怪物たちの巣をつついたりしなければ、食材を回収して帰ることもできるんですよ!」
食材、という自分の言葉に反応して、今日は肉でも狩って食べましょう、と提案するメ
ア。昨日から露店でいろんなものを買いあさっているのを見る限り、意外と彼女は食いしん坊なのかもしれない。
「とりあえずこの辺は安心よぉ、いるのも小鳥とか小さな虫くらいで、基本的には毒もないから」
マリィの言葉に反応して、辺りを改めて見渡してみると、想像以上の広大な景色が広がっていることに気付いた。一体どこまで続いているのか分からない程の崖に囲まれるようにして、この大自然の森は広がっている。
鬱蒼と生い茂る木々の中で、俺たちの世界でいうジャングルのような景色が延々と続いている。
昨日は景色を見る余裕など到底なかったが、改めて見てみればその壮大さには目を奪われるものがある。俺がいた世界では絶対にお目にかかれないほどの巨大な樹木も、巨大な絶壁も、この世界には普通にあるのだ。
そんな感動を覚えている俺の足元から、チュチュというかすかな鳴き声が聞こえた。
「お、おわっ!? なんだこいつ!」
俺の足元にいたのはウサギほどの大きさをした四足歩行の獣。耳は猫っぽい形をしている三角耳だが、他は全体的にウサギっぽいフォルムをしている。
「ああ、こいつはフォドキャットだ。第一階層に生息しているが基本的には攻撃してこないしビビる必要はないぜ、毒もないしな」
「それに食べると美味しいんです!」
「え!? この子食べるの!?」
「そうですよ! シュンさんも食べますか? 食べるならこの子捕まえて今捌きますよ!」
「い、いや、遠慮させてもらうよ……」
―――――
「……止まりなさい」
先頭を歩いていたマリィさんが小さな声で後ろの俺たちへ警告を発する。
メアとロイドは、すぐに目の前の洞穴を視認して険しそうな顔をした。対して事情を理解できない俺一人、困惑を浮かべるしかない。
「こういった人っ子一人がちょうど入れるくらいの洞穴には、よくエイドワームが生息してるんだ」
「エイドワーム?」
「はい、あまり大きな足音を立てないでくださいね。彼らは目が見えない代わりに音に敏感です。地中から突然現れてバクッ! なんて可能性もありますから」
その言葉に俺は固まるしかなかった。いやいや、安心って言ったじゃないですか!? って突っ込まざるを得ない。
「あ? 対処法が分かってれば十分安全だろ、ネバラにいて命が確実に安全な場所なんてある訳ないしな」
「エイドワームは地中の音には敏感だけどぉ、それが弱点にもなるのよねぇ」
マリィが右手の錫杖を振るうと、俺たちから数メートル離れた地面が突然うねりを上げた。そして次の瞬間に地中から飛び出してきたのは、人ひとりは丸のみできてしまいそうなほどの巨大なミミズ。
「ひっ!」
「まあまあ、大丈夫よぉ、奴ら基本的には地面の振動しか認識できないから、だから絶対にそこから動いちゃダメよ?」
数匹のミミズがマリィが音を立てた地中に口を開けて飛び掛かる。しかし当然そこには誰もいない。そして続けてマリィが再び錫杖を振るう。今度は錫杖が激しく発光をしたかと思うと、目にも止まらぬ雷が光った。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――』
閃光は一瞬でエイドワームを焼き尽くす。バリバリと電気が駆け巡る音と、肉が焦げ焼ける不快な臭いが鼻を突いた。
眩い閃光が目をくらませたのは一瞬。次に捉えたのは、先ほどまで蠢いていたエイドワームが完全にその生命機能を停止して横たわる姿であった。
「……」
余りの光景に言葉が出ない俺。勿論覚悟はしていたつもりだったのだが、それでもこうもあっさりとした命のやり取りを見せられてしまうと、どうしても自分の中の倫理観がストッパーとなって理性を押しとどめてしまう。
「こんな感じで第一階層の危険な敵については対処法も十分分かってるの。それをしっかり守りさえすれば例え相手を倒せなくても無傷で突破することくらいは余裕よぉ?」
「今日はとにかくシュンさんには第一階層で見かける敵の対処法や、基本的なネバラでの歩き方や暮らし方を覚えてもらいます。しかしエイドワームは焼いても美味しくないんですよね、そこだけは非常に残念です」
「メアはホントに食べることばっかりだな?」
「食は基本ですよ、生きる活力にもなります。一度でいいから第四階層にいるホドリマスを食べてみたいんですけどね……」
「今の俺たちの力じゃ4層なんて夢のまた夢だな。どうしても行きたいのであればオストラエ卿にでも頼んで軍団に入れてもらうんだな……っと、シュン、大丈夫か?」
余りのショックな光景に言葉を失ってしまってたのだろう、一瞬だけ呆けてしまっていたが、すぐに意識を取り戻す。
「ご、ごめん、大丈夫だ、こんな光景見たことなかったらつい……」
「ふーん? シュンのいた世界は平和な世界だったんだな?」
「うん、人は当然だし、野生の生き物だって大きなものを殺すのは禁止されてたから。自分より大きいものが死ぬ瞬間何てみたことなかったし」
「まじかー!? それじゃ自分で狩って食う楽しみもないのかよ!」
「はいはい、食べ物の話はそこまでにしましょぉ? 早いとこいつものセーブポイントまで辿り着いて寝場所も確保したいし、ちょっとペース上げるわよぉ」
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