お見合い

「自己紹介?」


 マスク越しの表情は読み取れないが、ヒーローは俺の提案に困惑しているようだった。

 そりゃ、今にも悪の幹部と戦い始めるような、一触即発の状況で、変な奴が口挟んできたんだもんなぁ。

 クサビの仲間だと認識されてはいるだろうけど、見た目はただの一般人だし。

 いっそ角でもつけるか?


「お互い名前も素性も知らないんだ。何も分からない同士だと色々困るだろ?」

「ふざけているのか?」


 おおう、困惑が怒りに変わったか。

 上手く丸め込まねば。


「至って真面目だよ。これから長い付き合いになるだろうしな」

「長い付き合い?」

「多分お前、正義のヒーローみたいなやつだろ。俺たちは侵略者、長い付き合いになること請け合いだ。テレビだと一年分くらい」

「長々と付き合うつもりはない。ここでお前らを倒して終わらせる」

「いや、終わらないね。こいつは強い。そして俺達にはまだ仲間がいる」


 嘘をつく必要は無い。

 ただ本当のことを小出しに、さもすごい様に伝えるだけでいいのだ。


「……SRH085型。通称はシュラフだ」


 吐き捨てるような調子だが、これが彼の自己紹介らしい。

 随分無愛想で物騒なヒーローだな。


「クサビだ。地球を侵略しに来た」


 こちらもご丁寧に返す。

 一触即発の緊張感がありながら、紙一重で平和に自己紹介が終わった。

 さて、地球人である俺はどう自己紹介したものか。


「じゃあ、お互い名前もわかった事だし、今日はこの辺で……」

「それで済むと思っているのか!」

「おいおい、俺達には仲間が……」

「なら仲間の居場所まで吐かせてやる」


 うーん、ヒーローってのも凶暴だなぁ。


「はっ!」


 まずい!

 突撃してきた!

 ヒーローは真っ直ぐにクサビに突っ込んでいく。

 どうしたものか。身体能力など常人以下の俺にはクサビに助太刀できない。道具も策も何も無い。

 どうすれば……


「あああっ!!」


 しかし慌てる俺とは対照的に、クサビは至って落ち着いたままゆっくりと腰を落とし、期待とともに掌底を突き出した。

 その手は、吸い込まれるかのようにシュラフの前衛的なデザインのマスクに伸び、音も立てずに顎を打ち据え、決して小柄ではない体を屋上の向こう側へと吹き飛ばした。

 重力に引っ張られ、視界から消え去るシュラフ。

 俺もガラスを突破って落ちていく時はあんな感じだったのだろうか。

 しばらくの沈黙の後、自分の過ちを悟る。

 クサビは、俺が思っていたよりもずっと強かったのだな、と。


「なんか、あれだな」

「なんだ?」

「やっぱりお前を突撃させていれば……」

「おいコラ」


 シュラフの安否は分からないが、今日はこれ以上ここにいても仕方がないので帰ることにした。


「え!? クリメラがやられたのか!?」


 そういえばこいつ見えてなかったな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る