【企画】「#リプで来た要素を全部詰め込んだ小説を書く」【参加作品】とある蒼春の日に〜ヤンデレ少女は海の夢を見るのか?~

八万岬 海

【プロローグ】闇の始まり

 帝国暦997年

 ――アンクヴィータムとケイルームを繋ぐという伝承がある聖域の森。


 一年中雪に覆われている針葉樹の森は何人なんぴとたりとも立ち入ることは許されていない。


 その森の最奥部にひっそりと存在する祠。

 その最奥部にある古びた祭壇のような場所で一人の少女が蹲っていた。


「ぐぅぅぅぅっ………」


 少女は突如、自分の眼に沿って細い指を差し込み、そこにあるものを勢いに任せて引きちぎった。


「あぁぁぁぁぁっっっ!!………ふぅーっ……ふぅーっ……」


 頭部に出来た穴からは赤茶色の液体が流れ出し、脳がズキズキと疼く。


「はぁ……はぁ……ほら、これで……」


『――致し方ない』


 少女は頭を片手で抑え、もう片方の手に乗せた真っ赤に染まった球体を目の前にいる黒い獣のようなモノへと差し出した。


『――これにて契約は成った』


 その黒い獣が一瞬白く輝いたかと思うと、彼女の穴が空いていた顔面は傷も血も無くなっていた。


「……これが」


 後に帝国を支配することになる少女わたしの物語はここから始まった。



――――――――――――――――――――



 東のヨトゥン大陸を支配するリプト帝国――

 強大な力を持つこの国は、他の国とは違い"魔法を捨てた国”として知られている。


 街から一歩外へ足を踏み出すと、魔獣と呼ばれる凶悪な獣が闊歩している世界。


 他の国々は魔獣たちと戦う術を剣と弓、そして魔法の発達を以て、人類はこの世界で繁栄してきた。


 ――リプト帝国はこの世界において異色の存在だった。


◇◇◇


 一匹の黒猫を連れた少女――緋色ルージュ天色眼スカイブルーを併せ持つオッドアイの少女は、目の前に転がる騎士の格好をした男に「ふんっ」と一言だけ呟くと、黒い髪をなびかせてその場を後にした。


 ここのところ毎日のように、彼女のもとへ騎士やら兵士やら冒険者が襲いかかってくる。

 連日の戦闘に少女はうんざりした表情を隠しもせず、それでも逃げることもなくその全てを倒してきた。


『なぁなぁエヌ、今のおっさんあのままで良いのかにゃ?』


 突如、少女の隣を歩く黒猫が人の言葉で少女に話しかける。


 幸い周りには誰もおらず聞いているものは居ない――居ないが、聞かれたところで別段問題はない。


「いいんじゃない?」


 エヌと呼ばれた少女は素っ気なく答えると、足元の黒猫をチラリと見てすぐに視線を前に戻す。


『でもあのままじゃニンゲンは死ぬんじゃにゃいか?』

「フリートしつこいわよ」


 その少女――エヌは倒れ伏している騎士を振り返りもせず、フリートと呼ぶ黒猫を従え雪が降りしきる深い森を目的地に向かって歩き出した。



――――――――――――――――――――


 リプト帝国は、はるか昔より魔法を捨て『神意カムイ』と呼ばれる能力の開発に全力を注いできた。


 それは人間全てが内包しているという異能。

 人それぞれに異なる能力があり、老若男女が必ず何かの能力を一つ以上持っていた。

 能力の種類は『炎を発生させる』『凍らせる』『風を吹かせる』『水を綺麗にする』など、その種類は多岐に及ぶ。

 平民で一種類か二種類。貴族で三種類か四種類。そして皇帝は五種類もの能力を持っているという噂だ。


 他国にしてみれば、帝国は全員が魔法使いなのである。

 だがそれは魔力切れを起こすことのない、魔法使いより強力な兵士であった。

 その異能をすべての国民に開花させ、瞬く間にヨトゥン大陸全土を支配した帝国は現在に至るまで支配を続けている。


 しかしその裏で、よりレアで強力な能力を発見するため、帝国は国民を片っ端から調べ上げ、反発するものは拐い、人体実験を行い続けてきたのである。

 絶対的支配力を持つ帝国に住まうものは、この圧政に逆らえるものは誰もいなかった。


――――――――――――――――――――


『赤の森』と呼ばれる針葉樹が広がる森の奥へ奥へと進むエヌ。


 高い樹々が生茂り、視界は閉ざされている。

 足元には深い雪が積もっておりすこぶる歩きにくい。

 しかも、雪は夜になり吹雪となり視界もほとんど消えてしまった。


 季節はすでに春だというのに、この大陸では未だに冬が続いている――。

 それでも問題ないというふうに無言で歩くエヌは、ふとその歩みを止めて視線だけ後ろにやってから口を開く。


「……フリート、一匹よろしく」


『ったく黒猫使いがひどいにゃ』


 エヌは返事を待たず、高い木の上へ重力を無視したような挙動で飛び上がった。


――ザザザッ


 代わりに先ほどまでエヌが立っていた場所へ氷の槍が突き刺さった。


「ちっ」


 闇が広がる森の奥から三人の男が現れる。

 いかにも暗殺者ですと言わんばかりの格好の彼らは、木の上へと逃れたエヌを見やる。


『【凍れ】』


「――!!」

「っ!?」

「――っな!?」


 フリートが発した言葉で、一人が一瞬にして首から下が氷像に変化する。


『エヌ、二匹行ったにゃ!』


 フリートの魔法を避けた残る二人が、エヌへと向かって飛翔する。


「異眼の首、貰ったぁぁっっ!【大空斬】!!」

「死ねぇ!【獄炎爆】っ!!」



 男から放たれた空気を圧縮したような衝撃波で、エヌが立っていた太い枝が粉々に砕け散る。

 エヌは跳躍し、空中でくるりと一回転したところで大爆発が起こった。


「よし!」


 爆発能力を使った方の暗殺者が小さく頷き、もう一人を振り返る。


「あっ……あっ……あぁぁぁ」


 しかしそこに居た上半身だけになった相棒は、自分に何が起こったのかわからないような表情で、口からは赤い液体を溢していた。


「ちくしょう! どこいった!」


「……貴方それでも暗殺者なの?」

「――ひっ」


 気配もなく、雪よりも冷たいエヌの声が暗殺者の耳元で聞こえる。


「いくらなんでもお粗末すぎるわ」

「【大空斬】!」


 暗殺者は身をかがめ、声の方向へ向け無造作に攻撃する。


「残念外れ。――【凍れ】」


 エヌが手を掲げると同時に暗殺者の左足が氷に包まれた。


「ぐぅっ――っ!!」


「でも帝国暗殺部が折角出てきてくれたんだし、他の神意カムイも見せてあげる……【切断】」


 エヌがフリートの側で下半身氷漬けになっている暗殺者へ手を向ける。


「ぎゃぁぁぁぁっっ」


 その一言で、その暗殺者の身体が真っ二つに分かれた。

 吹き出した真っ赤な液体がエヌの手を染める。


「ほら、そんな大きな声出さなくても……【爆ぜろ】」


――ボンッ


 氷も身体も粉々に砕けた暗殺者に興味を失ったのか、エヌがそのオッドアイを輝かせ、ニヤリと目の前の暗殺者へと向き直る。


「貴方たちは私を殺そうとした。だから失敗した貴方たちは私に殺される。何か間違ってる?」


「ひっ――たっ、助けて……」

「……情けない。【麻痺】」

「――!!」


「これで痛みは無くなったでしょ?」

「お、おまえ……本当に皇帝と同じ六つも能力が……」

「誰がそんなこと言ったの? あぁ、あの子ね? ふふっ――悪い子ねほんと」


 エヌが口角を釣り上げ不気味に笑う。


『なぁ、エヌ、そろそろ行こうにゃ……寒いにゃ』

「わかったわよフリート。あ、最後に一つ」

「……」

「私の能力は六つじゃなくて八つよ」


 立ち上がりながらエヌは天色眼スカイブルーをその暗殺者へと向ける。


「――っ!」

「じゃあね、【亜空間】……!」


 その言葉とともに、その暗殺者は音もなく黒い塊に包まれる。


 黒い塊が消えた時、そこには雪が窪んだ後と、赤く染まった雪が残されていただけだった。



――――――――――――――――――――


「見えたわ」

『ようやく最終決戦だにゃ?』

「ほんと、ここまで長かった……あの日から、貴方の目を片方貰ってから、一体何人殺したのかしら……」


『一万と三百四人にゃ』

「……そう。でもそれも、あの人の所に辿り着けさえすれば……」


 エヌがあの日、絶望の淵から立ち上がり、行動を開始した日から次々と帝国から暗殺者や騎士、兵士、冒険者まで、ありとあらゆる人物が差し向けられていた。


 しかしエヌはその全てを倒し、異眼という不名誉な二つ名で呼ばれるようになってしまった。


『なぁなぁ、エヌ、その眼はあんまり使いすぎないほうがいいにゃ』

「……」


『相手を亜空間へ飛ばすその力は、はっきり言って人間には過ぎた力なのにゃ』

「今更何をいってるの?」


『そのうち反動がきても知らないのにゃ』

「いいわ、私はあの日に、目的を達成するためならどんな犠牲も厭わないと誓ったの。その犠牲には私自身も入っているのよ」


 神様と瞳を交換したなんて誰が信用してくれるだろうか?

 しかしエヌは不屈の意思で神のお膝元にたどり着き、神を納得させたのだ。


『まったく……ニンゲンってのはこれだから』


「ほんと、神様ってのもこれだから」


――その神様は暇つぶしと称して、エヌの隣を歩いている。


『で、あの帝国城の皇帝の居る所まではどうやって行くのかにゃ?』

「もちろん、この山の上から帝城にある皇帝の部屋目掛けて一直線に【飛翔】するわ」


 一般的に魔法使いが使う魔法【飛翔フライ】はただ浮かび上がりフヨフヨと飛ぶだけのものだ。

 しかし神意カムイの【飛翔】は文字通り一直線に、高速で目標物の前まで飛翔することができる。

 その速度は最も速い魔法【雷槍サンダーボルト】ですら当てることはできない。


『壁は?』

「んー【亜空間】で切り取っちゃおうかなって」


『……神の力をそんなことに使わないで欲しいにゃ』

「……置いてくわよ?」


 エヌはフリートの呟きをあっさり無視し、雪が降り頻る森を抜け、巨大な山の麓へと向かっていった。



――――――――――――――――――――


「よし、思った通り、ここからなら帝城のヤツの寝所まで直線だわ」

『それより、エヌ、身体が血だらけのままにゃ』

「いいわよ、後でお風呂入れてもらうから」


 ハール山脈主峰の中腹近く。

 深い雪に覆われたその崖の上からエヌは帝城を見下ろす。


「じゃ、フリートの言ってた通り最終決戦でってことで――【飛翔】」


 エヌがキーワードを紡ぐと体の周りに空気の膜のようなものが形成される。

 エヌが帝城へ向け少し身体を動かしただけで、彼女の身体は目にも留まらぬ速さで帝城へ向け飛んで行った。


◇◇◇


「まだあいつは殺せないのか!」


 帝国城――リプト帝国皇帝。

 民衆から『リプトの獅子』と称されるボーゴ四世。


 彼は、豪華に飾り立てられた寝所で怒りを隠すこと無く怒声を響かせていた。

 しかし怒りの中に恐れが含まれていることを、扉の前で跪く宰相は気づいていた。


「恐れながら、ハール山にある赤の森で見かけたと言う報告を最後に消息がつかめず……」

「早くなんとかしろ!このままでは……!!」


 暴君と呼ばれ恐れられている皇帝ともあろう人物が、怯えるようにベッドへ腰掛け、親指の爪をかじる。


「引き継ぎ発見、逮捕に全力を尽くします!失礼します!」


 ボーゴ皇帝が手をひらひらと「早く行け」と合図をするのを確認し、宰相は一礼し退出していく。

 誰もいなくなった寝所でボーゴ皇帝はグラスな注がれた水を口に含むと、大きくため息を吐き出した。


――ドォォォォ……!!


 なんの前触れもなく、ビリビリと城全体が響いたような爆音が鳴り響き、皇帝の寝所の壁が崩れ落ちた。

 その穴からヒューヒューと雪まじりの風が吹き込んで、白煙を上げている。


「ひぃっっ!?」

「――【閉鎖】」


 白煙の中から差し出された手が、寝所の四方八方上下の壁に何人なんぴとも立ち入れない白い壁を形成した。


「お、お、お、おおお」


 壊れた人形のように口をパクパクと動かし、尻餅をついたままのボーゴ皇帝はなんとかこの場から逃げようとする。


「ボーゴ久しぶり」


 エヌはにっこり笑いながら、血で染まった手をボーゴ皇帝へと差し出す。


「え、え、え、エヌ! き、貴様よくも私の兵を!」


「誰かさんがよくわからない事を言って、差し向けてきた子たちは全員殉職したわよ?」

「よくわからないってなんだよ! 俺ずっと言ってるだろ!」


「わかってるわよ」

「なにが!」


「貴方が私のことを好き過ぎるってこと」

「ふざけんな!」


「私がデートの誘いに来ただけなのに、貴方のせいで二年もかかったわよ」

「お、おまっ……頭おかしいぞ!」


「ふふっ、そんなに怖がらなくてもいいわよ。デートコースもバッチリだから、ね?」


「や、やめっ……寄るんじゃない!」

「うふふ、小さい頃と変わらず恥ずかしがり屋さんなのね」


『なぁなぁエヌ、そいつ失禁してるにゃ』

「あらあら、うふふっ、いいわ、デートのお誘いに来んだけれど、まずはお風呂にいきましょう」


「ぁぁぁっっ……だっ、だれかっ!誰か助け……!!」


 エヌはボーゴ皇帝をヒョイとお姫様抱っこのように持ち上げると、寝所に備え付けられている豪華な浴室へと向かっていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「っていう企画なんだけど、どう? どう?」


 バンバンと長机を叩きながら、ブレザーを着た少女が興奮気味にまくし立てる。


「アンクヴィータムとケイルームってなんだよ!出だしから訳わからんねーよ!」


 机の反対側にいる詰襟の男子が負けじと反論する。


「えっと彼岸と此岸ってう意味でラテン語? イタリア語? そんな感じ」

「中二病すぎ却下」

「なんでよ!」


 その後もぎゃーぎゃーと騒がしく議論する二人。

 都内にある公立高校、そのアニメーション研究部員の中では目慣れた光景だった。


「あと、なんで眼をえぐってるのに眼があるんだよ! てかエグるなよ!」

「それは神ループスの瞳と入れ替えたのよ!だからオッドアイに…」


「一応聞くけどループスって何?」

「狼の神様」


「だからわかんねーって!」

「それが猫に変化したのがフリートよ」

「犬じゃねーか! なんで猫になるんだよ!」


「なによ、あんたの好きそうな要素詰め込んだのに!」

「おまえなぁ……物には限度があるって昔っから言ってるだろ……」


 先ほどから企画書を手に興奮気味に話す女生徒――三年生になり、アニメション研究部の部長となった七岡華春が企画書を書き、副部長に半ば無理やり据えられた山口眞也が脚本に起こす担当となっていた。


 目的は文化祭での自主アニメーション上映。


 テーマは『禁断の恋』と部員全員で決め、先月から部長自らがプロットを起こすと張り切って、出てきたのがこれだった。


「書き直し」

「なんで!」


「グロい、設定が分かりずらい――ってか、テーマは『禁断の恋』だって言ってんだろうが!」

「隣国のお姫様と敵対する皇帝との禁断の恋じゃない!」


「……どこにお姫様が?」

「このエヌって子」

「はぁ……俺もう帰るわ、あとは頼んだぞ」


 鞄を手にガラッと扉を開け頭を押さえながら出てゆく山口の後を、七岡が「まちなさいよー!」と追いかけてゆく。


 それを無言で見送る残された五人の部員たち。


「やれやれ……じゃあこっちで脚本の下書きを作りましょうか」

「あの二人をネタに……」

「いつも喧嘩してる二人が文化祭制作で急接近。気づけば好きになっている自分に気づく……」

「そして、お互い相手にバレないよう振る舞うけど、周りにはバレバレで……」

「文化祭の日についに想いが爆発……」




「……普通すぎてつまらないね」

「そういうのはリアルであの二人を見てるだけでお腹いっぱいだわ」

「同感」

「じゃあ、文化祭の出し物を餌にあの二人をくっつける大作戦ってのは? それをドキュメンタリーにして文化祭で流すってのは!?」


「――それだ!! わたし、映画研究部に話つけてくる!」


 ボブカットの小動物のような印象の女生徒が目を輝かせながら部室を飛び出していく。


「じゃ、わたしらは面倒だけど山口副部長の家に押しかけて、あの二人をくっつけ……もとい七岡部長の企画後押しをしますか」


 わらわらと出ていく部員たち。


 今は五月最終週の金曜日。

 外はジリジリとすっかり夏模様の日差しが降り注いでいる。

 文化祭まで残された時間は、あと五ヶ月――。


「はぁ……これ間に合うのかな……」


 最後に部屋を出た少女が扉を締める。

 扉が締まり切る直前に呟かれた言葉だけが部室に残された。

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