city illuminated#4



 緊張感を伴った静謐の幕がジリジリと焼け落ちていく……アカシアはそんな感覚を得ながらジークの背をただ見つめていた。

 直感ではあったがアカシアは理解出来ていた。いくら自分が“無鉄砲”や“無謀”などと呼ばれる類の人種だとしても今のジークと墓守の間に入る事は自らに死という価値すら与えられないまま、風に舞う塵に等しく無価値な存在でしかなくなる、と。

幻想化オリジネイト……灰の刀────」

 煙が収束しジークの手元を覆い隠す。吹き荒れる煙の風は一陣の後に吹き去るとジークの手には刀身が灰色の東洋の剣が残されていた。刃の輝きなどない曇った刃は一見ゴムの様な質感を与えるがこれは異能の剣である故にそうした認識は死を招く誤解でしない。

 だが、墓守が“幻想化”を目にしたのはジークが初めてではなかった。彼の記憶の内で幾人かとの戦闘が脳裏に蘇った。


 『宝石団』の団長、カルスの【心臓グラスハード】は擬似的な不死を得る異能の臓器だった。


 【鈍色の星リソース】、惑星一つ分はあるとされる極大の金属球から異能を持つ剣──魔剣を精製する剣の悪魔、『剣聖』。


 走馬塔の修験者達が扱う【ロウ】と呼ばれる戒律。それは人体と接合しその者の骨肉となり生きた戒律となるという代物だった。

 

 記憶の内に宿る幾つかの経験を反芻し、眼前に立つ男、ジークの右腕も彼の記憶にあるものと同様の異能──幻想化と呼ばれる人体変異であると定め、視線をジークの右腕から外した。

「エスという楔が失われ、お前と似た様な力を使う人間が現れ出した。おかげで世界の均衡は大きく崩れ、至る場所に死が溢れている……狂気を狂気りせいにすげ替えて欲望や激情に駆られた“死者”ばかり。俺の仕事は墓守────墓地の平穏を保つ者……」


 墓守がその背の棺を開き腕を挿し入れる。その腕が確かな感触を得て引き抜かれるとその手には十字架を象った鍔と柄の刃渡りが二尺程の両刃の劔が握られていた。

 

「そして、お前の様な死者を墓に戻すのもまた墓守の務めだ」

 

 墓守の放つ殺気が真っ直ぐにジークへと向けられる。呼応してジークも墓守に鋭い視線を向け刀を構える。瞬間、二人の姿が消え、直後互いに握った武具を衝突させた。

 ただ膂力にだけ頼った一合目。互いに手応えを得ると同時に尋常の速度を超えた二合目に移る。衝撃が奔り空気が揺れる。再度の衝突──次いで衝突。これを繰り返し両者の間に剣閃の嵐が生まれた。

「なんなんすか、コレ……」

 常軌を逸した戦いにアカシアは息を呑んだ。一寸たりとも狂いを許されない刹那の世界の景色。ただ経験を積んだだけでは至れない境地であるそこに──どうすれば自分は届くだろうか、そんな想いが浮かんでは剣戟の音で掻き消されていた。


 刹那の境地。その最中で、墓守は言葉を発した。

「望む物を得られはしない」

 その小さな問いに、ジークの剣筋が僅かに揺らいだのを墓守は感じ取り更に言葉を続けた。二人の戦いにおいて技量は拮抗していた。違うのは意志の強さのみ。信仰にたる存在からの行動、求めるモノのために突き進む衝動、守る為に抗うことの情動──自らを動かす理由こそがこの場に置いては強さを発揮する。

 今更になってジークは自らの望み、即ち戦う事の理由と対面する事となった。いずれは向き合わねばならなかった事……アカシアという少女を助けた時に始まり、未だに答えを先延ばしにしている理由。

 


例え、向かい合ったその姿が形の無い白煙であろうと。

「お前は器をどうするつもりだ?」

 問いの真意、ましてや意味ですらジークは解していなかったがそれを自分なりの形で落とし込む事で『アカシアをどうするつもりなのか?』という風に受け取っていた。

「アンタこそ──!」

 強く墓守の剣をジークが押し返すも、墓守は即座に次いでの剣をぶつけた。今度はジークが抑え込まれる形となった。力の差はここに証となって現れた。

 それはつまり意志の強さでさえ──墓守が上を行くという事だった。その事実を歯がみしつつも受け入れながら尚、ジークの闘志は消えてはいなかった。だが──

「俺には目的がある。だがお前はどうだ」

 覆い被さる闇の様に墓守は抗うジークを見下ろし、答えを問う──否、最早生きる理由では無く、墓守の問いにはおよそ凡ゆる否定が込められていた。どれだけ明確な理由があろうとそれ以上の確かさを持って墓守は否定する。重りの様な言葉、相手の存在を否定し地の底へと沈ませる程の重力を持った言葉。

 言葉は夜の闇へと混じり、闇を深くする。いつしかジークの視界から墓守の剣、外套、棺桶──それら全てが感覚ごと消失し、代わりに与えられたのは何も無い空っぽの闇。たった一人そこに立っていた。

 ただ立ち尽くす事しか出来なかった。

 全てを諦めてしまえるほどに闇は深く、光は遠かった。

 

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