第111話 気を強く持ちい
マルクレースとスレインを先頭にして、リンディエールは楽しく全学年、全教室の視察を進めた。
「アレやな〜。お忍び視察が楽しい言うんは、ホンマやなあ」
「ふふふ……そうですねえ」
「父上が楽しそうにするのが分かりましたよ」
マルクレースとスレインは、リンディエールの術で誰にも見えないことを良いことに、堂々と教室の中を歩き、生徒たちの話しを盗み聞き、ノートを確認する。
因みに、教室のドアはないらしい。部屋の中の声や音は少しだけ遮断するように、部屋自体にかけられた術を授業中は発動しておくため、外に漏れる音は微かだ。いざという時の避難時に、すぐに飛び出せるように、外からもすぐに衛兵が入って来られるようになっているらしい。
お陰で入りたい放題だ。実に都合が良い。
楽しむリンディエールは、教師の方を確認していた。生徒たちが話を聞いていないのは分かっているのだろう。教師達はただ用意された資料を読んで、黒板のようなものに決まった文を板書するだけ。授業らしい授業をしているのは、各学年のAクラスのみのようだ。
一方、四人の役員はというと、ただ付いてくるだけになっていた。リンディエール達が教室の後ろから入ると、ついてきてその後ろで並んで視察が終わるまで待っている。リンディエール達が教室を出ると、静かに出てきてついてくる。逃げないだけ良いだろう。
「「「「っ……」」」」
ただ、彼らはカタカタと震えながら、泣きそうな顔で後をついてきているのだ。可哀想になってくる。
「ちょい、あんたらもいい加減楽しんだらどうやの? 将来的にも、この二人を上司にするんやで? そろそろ慣れな
「「「「っ……」」」」
もう言葉も出ないらしい。リンディエールはこうして少しばかり同情的だが、マルクレースとスレインは相当怒っているらしく、その怒りが彼らには伝わっているのだ。
当然だろう。部下が裏切っていたのだ。これが学園以外の立場でのことだったら、彼らは牢屋行きか処罰は免れない。
「はあ……二人とも、大人げないで? まだ子どもやないか。過ちも反省させたら許したりい」
学園では身分を傘に着てはいけない。ならば、ここも許すべきだろうと諭す。
「……申し訳ない。ご不快でしたか」
「リン嬢の前で、確かに大人げなかったです。失礼しました」
「……いや、うちの前やからではなくてやなあ……あ〜、まあ、ええわ。ほれ、そこの四人。きちんと謝りい」
ここは、何でもいいので、とりあえず決着させておくべきだ。居心地が悪くていけない。
そんな少しばかりリンディエールも投げやりになっていることには、四人は気付かなかったらしい。物凄く感動したようにリンディエールを見てから、四人は揃って勢いよくマルクレースとスレインに頭を下げた。
「「「「っ、申し訳ありませんでしたっ」」」」
「……はあ……いいだろう。詳しい事情は後で聞く。いいな、スレイン」
「ええ。もちろん、これ以降、誤魔化しや黙認は許しませんけどね」
「そうだな」
「「「「っ、は、はい!」」」」
これで落ち着いて学園長室に行けそうだ。
「よお、こんな二人に内緒で事を進めよう思ったなあ。そっちの方に感心するわ。度胸あるやない?」
「「「「……っ」」」」
「まさか、後先考えとらんかったん?」
「「「「はい……」」」」
「教育が足りとらんなあ」
「そのようですね」
スレインが青筋を立てていそうなくらいの低い声で同意した。
そんな話をしながら、学園長室についた。
そこには、
「はじめてお目に掛かります。デリエスタ辺境伯の第二子、リンディエール・デリエスタと申します」
ここでも非のつけどころがないほどの美しく完璧な挨拶を披露したリンディエールに、学園長も副学長も言葉を失った。
「んんっ」
マルクレースが咳払いをすると、二人は目を瞬かせて頷いた。
「っ、失礼しました。イクルス学園へようこそ。学園長のフライス・イシュターと申します」
「副学長のクランバート・レートルです」
勧められた椅子に腰掛けると、部屋の隅で控えていた女性がお茶を用意してくれた。
そして、学園長のフライスが口を開く。
「本日は、特別講師として来られるに当たって、先立ってこの学園での生徒たちの様子を確認したいと伺っておりますが……」
リンディエールは優雅にカップを持ち上げ、口を付ける。その所作にまた学園長達は見惚れていた。ヒストリアとグランギリアの指導による完璧令嬢の所作が遺憾なく発揮されていた。
ヒストリア曰く、完璧で優雅な所作ならば、相手の言葉を奪い、先手を打つことが出来る。令嬢は剣がなくても微笑み一つで勝利できるのだと。
コトリと、一つだけ軽やかな音を立て、カップが置かれる。そして、伏し目がちだった瞳が、学園長へ向けられた。
「っ……」
微笑みながら、内心は『勝ちはもらった』とニヤける。
「はい。この学園は、賢者イクルスが『貴賤による偏見なく、個々の才能を認め育もう』との考えから創設されてもの……ですから、貴族だからと傲慢になる者は居ないと信じております」
学園長と副学長もは、貴族の出ではあるが、跡取りではないため、剣聖や冒険者との交流の場には参加していなかった。
学園の生徒たちを指導しようと決めたのは、交流会の直前。よって、彼らを呼ぶ事ができなかった。後に王から学園長に話が行き、これが実現したが、リンディエールの実力も知らないのだ。ただ、忠実に国の決定に賛同するだけだった。
彼らはリンディエールがどんな人物なのか分からなかった。情報を得ようとさえしていない。ただ国の方針に従って招いたが、ここで、彼らは混乱していた。
「え、ええ……よくご存知で……」
リンディエールは十才そこそこの令嬢にしか見えない。十五歳からの子ども達としか交流はない彼らからすれば、どう対応していいかわからないだろう。
どう見ても幼いのに、その眼光や雰囲気は、十五歳の少女のそれでもないのだ。まるで、貴族社会の荒波に揉まれて成熟した婦人のようにさえ感じられている。だからこそ、混乱していた。
この場の主導権は、確実にリンディエールが握っているのだ。
そんなリンディエールと学園長達の様子を、ドキドキ、ワクワクしながら、決して面には出さずにマルクレース達が後ろから見守っていた。
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