第110話 学級崩壊か?

授業を見学することになっているということではあるが、先ずは学園長に挨拶をと廊下を歩いていた。


不意に、斜め後ろを歩いていたスレインが尋ねてきた。


「リン嬢。今日の授業見学で、見たい授業などの要望はありますか?」


声音から、何かを期待するのが感じられた。クイントとそれなりに付き合ってきたからか、彼の息子であるスレインのそれは、リンディエールにはとても分かりやすかった。


「……そうですね……少しずつでも良いので、全てのクラスを拝見できればと……普段・・の生徒達の姿を見たいですし……」


予定では、二年と三年の最高クラスだけ。だが、恐らくそれを変えたいのだろう。これならば、どのクラスをスレインが見てほしいと思っていても同じはず。


何より、これはリンディエールがこうして事前に学園を見たいと思った理由でもある。どのような子ども達がいるのかという現状を見るための訪問だ。これにより、根性から叩き直すか、戦闘力だけを伸ばすのかを決めたい。授業計画を練るために必要なのだ。


どうよと目を向けると、スレインの瞳には嬉しそうな色が見えた。彼の要望に応えられたようだ。


これに、今まで黙っていた四人の役員の内の一人が焦ったように口を挟む。


「お待ちくださいっ。予定通りに進めるようにと言われていますっ。二年の殿下のクラスと、三年のAクラスだけのはずです。クラスにもあらかじめ通達していますし……っ」

「クーレ……君の意見は聞いていない」


スレインが冷たく突き放すように言えば、クーレと呼ばれた男子はビクリと肩を震わせた。それでも、譲れない何かがあるのだろう。口を開く。


「っ、で、ですがっ、副学長からっ……」

「リン嬢の意志を尊重するというのが、学園長の指示です。何が『ですが』なのですか?」

「っ……し、しかし……っ」


他の三人も彼と同じ意見らしく、戸惑いながらも、目配せ合っていた。


さすがはスレイン。父クイントに良く似ているなと感心して、成り行きを見守っていたリンディエールは、そこで微かに言い争う声を捉えた。


「……よろしいかしら? 少し気になりまして……あそこの教室を覗いても構いません?」

「っ、こ、困ります! 予定にない場所はっ。それに、学園長への挨拶がまだっ」

「黙りなさい」

「っ……!」


ピシャリと言い放ったのは、マルクレースだ。


「失礼しました。リン嬢。少しだけなら、覗いても構いませんよ。学園長室まで遠回りになるわけでもありませんしね」

「ありがとうございます」


口元に少し手を添えて、フワリと笑ってお礼を言えば、四人はリンディエールの笑みに見惚れて陶然となった。


必殺『ご令嬢の微笑み☆』だ。リンディエールの本性を知っていても効き目があるので、かなりの攻撃力を持っている。マルクレースとスレインも赤い顔をしていた。


「っ、御礼など不要です……っ、さあ、行きましょう」

「はい」


自然に差し出されたマルクレースの手を取り、その教室へと向かう。


そこでは、楽しいバトル中だった。


「いやだわ。これだから平民は……こんな程度の低い問題も解けないなんて」

「ミリーラ様。そんなことを言ったら、泣いてしまいますわよ。惨めに平民が泣く所なんて、見たくありませんわ」

「そうだな。だいたい、こんな問題を授業でやるとか、教師のレベルも低すぎる」

「だよなあ。寮生活とかも面倒だしよお」

「「……」」


マルクレースとスレインが絶句した。


「「「「……」」」」


残りの四人の生徒会役員達は、顔を真っ青にしてガタガタと震えている。


この学園では、身分を傘に着てはいけない。そう教えるはずである。ここまであからさまに、それも、学園の教師の前でやるとは思ってもみなかった。


あまりに唖然とし過ぎて、リンディエールもつい本性が出る。


「なんやの? 学級崩壊か? マジでコレ、国の最高教育機関? ヤバない?」

「……リン嬢……それ以上は言わなくていいです……」

「っ、怪しいとは思っていましたが……ここまで酷いとは……っ」


マルクレースとスレインも呆然とする。


「あれか? Aクラス……というか、マルクやスレインのクラスは、出来とるん? ま、まあ、王子や宰相の息子の前でやらかさんわなあ……」

「……まさか、Aクラス以外は……」

「殿下、学園長の所に行く前に、全クラスの確認をしましょう」

「あ、ああ……教師までこんな……」


教師は、言われっぱなしでそのまま授業を進めていた。聞いていてもいなくても構わないという様子だ。


「あの教師、言われ慣れとらん? 震えとるけど……というか、知っとったんやない? そこの四人」

「「「「っ!!」」」」


ギロリとリンディエールが振り向いて睨むと同時に、マルクレースとスレインも睨み付けた。


「なるほど……そのようですね……」

「これは、副学長もグルですか……隠蔽しようなどとふざけたことを……っ」

「「「「っ、ひっ!」」」」


スレインは特に、こうしたことを嫌う。マルクレースも、相当頭に来ているようだ。


「ほんなら、とりあえず全部の教室確認しよか?」

「「そうですね」」

「「「「っ……」」」」


四人が声を上げようとするそれをリンディエールは見逃さなかった。


「全員に、『隠密』の術をかけた」

「っ、それはどんな術ですか?」


マルクレースが自身の手を見て、魔法の影響を感じ取る。


「これっくらいの声で喋っても……」


普通より少し大きい声でも、教室内の生徒の誰もこちらを見ない。そして、リンディエールはスタスタと一人で歩いて教室の真ん中を突っ切る。


「ちょっ、まさかっ……っ」


スレインが慌てて手を伸ばすが、誰もがリンディエールを見ない生徒の様子に驚いて足を止める。


「見えへんよ。コレ、王宮の会議室に入り込んでもバレんくらい、強力やでなあ」


リンディエールは教師と生徒の間で腰に手を当てて仁王立ちする。だが、声を張り上げても、マルクレースやスレイン達にしか聞こえないし見えてもいないのがわかった。


「ケンじいちゃんにも見破れん術やで? 他の誰が気付くかい」

「……すごい……」

「強力過ぎるよ……」

「「「「っ……」」」」


四人はようやく気付きはじめた。とんでもない人を学園に入れたのだと。


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次回、来週です。

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