第079話 これで完璧や!

神託という名のチャット事件から七日が経った。


この数日リンディエールは、聖皇国の中枢である中央神殿に何時間か毎に転移し、何度も潜入して内部の見取り図の作成をしていた。


「マッピング、マッピング〜♪ その辺の迷宮よか隠しが多いなあ♪ やり甲斐あるで!」


必要に迫られてとはいえ完全に楽しんでいる。太すぎる壁は、明らかに隠し通路があるし、密会用なのか、何かがあった時に隠れるためのものなのか、はたまた、全く違った用途か分からないが、隠し部屋がいくつもあった。


「あ、ここもか……っ、あ、あかんわ。ここは使用中やね……ヒーちゃん頼むわ」


中に人の気配を感じて、ヒストリアの目となっている小さな野鼠型の使い魔を隙間から押し入れる。無事に潜入したのを確認して、先に進んだ。こうしておけば、ヒストリアの方で中の様子を撮影し、使い魔を戻して、証拠隠滅。しばらくするとまた、リンディエールの手元にヒストリアの野鼠型の使い魔が転移して送られてくるのだ。


今回のことをきっかけに、今度は使い魔の姿を変えてみたのだ。鳥であることが常識だった使い魔。色を変えられるなら出来ないかと考えたのがきっかけだった。


そもそも、鳥なのは移動のためであって、他に理由はない。なぜ鼠型や虫型が今まで考えられなかったのかが不思議だ。だが予想はできた。一般的に盗み見る、聞くというのが精一杯で、潜入して動き回るなんて芸当が出来なかったからというのが大きいのだろう。


しかし、魔法バカなリンディエールや、ヒストリアには可能だ。そうした結果、室内を動きやすい鼠型、虫型を採用した。お陰で、狭い場所もスイスイと行ける。


これまで見つけた隠し部屋は三十。その内の半分が、中に人の気配のあるものだった。それも、一部屋に一人か二人。かなり弱っているものだ。


初日に見つけた中にも人は居り、確認したところ、折檻を受けている神官だった。だが、奥に進むにつれ、明らかに拷問された様子の弱々しい者が多くなって来た。


今見つけた部屋の中の者も、おそらく、そのまま放置されれば、後数日で動かなくなるだろう。それがわかっていても、リンディエールは手を出さない。


正義の味方を気取る気はないのだ。何より、なぜそこに入れられたのか理由も知らない。犯罪者の可能性だってある。まだこの国の事は、表面上しか分かっていない状態なのだ。勝手な正義感で連れ出すことはできなかった。


何より、怪しまれれば警備体制も変わるだろう。優先すべきことを間違えてはならない。


「いや〜な感じやなあ……」


見捨てているようで気分は悪いが、彼らに手を出すのは、さっさとやる事を終わらせてからだ。


常に気配察知を全開にし、見つかりそうになると転移で移動。その際には蝶の姿の使い魔を天井や壁に残し、人が居なくなるのを待つ。そうして、またその場に戻るを繰り返しながら、着々と見取り図の情報を集めていった。


簡単なものならば、その蝶や鼠だけで書き上がるだろうが、足で測らなければ、正確なものは見えてこない。隠し部屋もこれほど簡単には見つけられないだろう。下見的な要素もあるので、地道に頑張った。


「ふぃ〜。さすが中枢。人が多なってきたなあ」


隠れられる場所があればそこを使い、なるべく転移しなくてもいいようにと、ゲーム感覚で探索、調査を続けるリンディエール。


そして、ついに宝物庫を見つけた。


「明らかに、いいものあります! ゆうとりますなあっ」


是非とも中に入って、お目当てのものがあるかを確認しなくてはと気合いを入れる。


リンディエールは、隙間がないだろうかと感覚を研ぎ澄ませた。もちろん、見張りが二人張り付いているので、隠れてだ。


廊下には、太い柱だけでなく、大きな壺や鎧などが配置されており、まだ体の小さなリンディエールが隠れるのには難しくはない。


風の通り抜ける音がないかを確認し、次に空気の流れを読む。幸いにというか、中に魔素を吸収するような何かがあるらしく、その流れで隙間を見つけた。


「ん〜〜〜、下はギリやけど、上は甘いか。巨大金庫の密閉具合とまではいかんよなあ」


これが宝物庫ですと言わんばかりの巨大で美しい金や銀の装飾を施した扉。いくら普段開けないからといって、重くて開かない扉にはしていない。あくまでも、人力で開けられる重さだ。そして、魔法があっても人の手で作られ、開けられる扉なのだ。隙間は確かにあった。


「そんなら……ほんんんっま、嫌やけど……Mr.Gで行きますか……中のヤバいやつに、吸収されても敵わんしなあ。強度固めに、ほんまは、イヤなんやでっ?」


通話は出来ないが、こちらの声は聞こえているはず。戻って来たヒストリアの使い魔に、一方的に言い訳をして、使い魔だが、姿も本当は見たくないと顔を晒しながら『Mr.G』を隙間に潜り込ませた。しっかり強化もかける。


「とりあえず、全体の映像で……暗いなあ。まあ、そうか……画像処理は出来るし、ええわ」


リアルタイムで送られてくる映像を、そのまま記憶玉に移していく。この時、リンディエールは、屋根の上に転移していた。見つからないよう、死角になる場所はリサーチ済みだ。


時間をかけて丁寧に映し撮り、そのまま使い魔は消した。


「よっしゃ。さて、残るは、教皇の執務室と居住区やな。『聖女』さんもついでに確認出来るとええけど……」


しかし、教皇や異世界から召喚された聖女を見つけるよりも先に、全てのマッピングがこの日終了した。


屋敷に帰ったリンディエールは翌日。昼食前の時間に、やり切ったと両手を上げ、解放感を口にした。


「ついにっ……ついにやったどー!!」


これをやると決めたきっかけは、チャット終了後に増えていた称号を見た時だ。


それは『華麗に怪盗できるかなあ?』だった。これを見た瞬間、やると決めた。完璧な怪盗のために必要な見取り図を作り上げるのだと。


「ふっふっふっ……これで……これで完璧や! 『華麗に怪盗できるかなあ?』やと……? できるに決まっとるやろ!! ウチを誰やと思っとる!」


踊らされていると分かっていながら、気付かないふりで通す気満々だ。


《お〜、さすがリン。よくやったなあ》


そんな一人で盛り上がるリンディエールに、ヒストリアは労いの言葉をかけた。


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