第069話 楽にしてくれ

子どもたちの中で、いち早く正気に戻ったのはレングだ。リンディエールから聞いていた一番の親友というのが、このヒストリアと名乗ったドラゴンであると思い当たったからだ。


父であるクイントに呼ばれて、レングは一歩踏み出す。初めて見る父の態度に動揺しながら、兄と友人になったリンディエールの兄であるフィリクスへ声を掛ける。


「兄上、行きましょう。フィルも大丈夫か?」

「あ、ああ……すごく大きいな」


これが兄であるスレインの感想。


「くっ、リンが頼るのも仕方ないか……」


フィリクスは、早くも負けを認めているようだ。尊敬している祖父母の態度からも、頼りになるというのが分かってしまったのだろう。


そんな二人の肩を叩き、レングは前へ促す。


スレインは第一王子に声をかけ、一緒に歩き出した。それについて、いまいち感情の読み取れない常に無表情な王女レイシャも歩み出た。


レングは未だ呆然とヒストリアを見つめて立ち止まっている第二王子ユーアリアを驚かせないようにそっと声をかけた。彼は小心者だ。王子だからと、横柄な態度を取るが、精神的に成長したレングから見れば、必死で取り繕っているのが分かる。


そんな態度もこの数日、辺境伯の屋敷で生活する内に、変化していた。比べられていた第一王子とも近い距離に居たこともあり、反発してしまっていた理由をなんとなく理解できたようだ。


お陰でいい具合に自分の今までの行いを省みることも出来るようになっていた。


「ユーアリア殿下。行きましょう」

「っ、う、うん……」


驚いているだけのようだが、動きがぎこちない。そこに、フィリクスの侍従と侍女がそっと寄り添う。


「ユーアリア殿下、足下あしもとにお気を付けください」

「慌てる必要はございません」

「うん……その……ありがとう……レングも……」

「っ……いえ……」


レングは驚いた。御礼などこれまでユーアリアの口から聞いたことがない。


実は、リンディエールが注意していたのだ。少なくとも側に居るレングには、素直に礼を言えと。



『まさか、礼を言う場面が分からんとか言わんやろなあ』



まったく威圧していなかったとは言えないが、お陰でユーアリアの意地はこの時、完全に破壊された。これが屋敷へ来た夜のこと。


これにより、話の通じない『反抗期』から『素直になるのがちょっと恥ずかしいツンデレ』に変化した。


第一王子やフィリクス達と分かり合えるようになったのは、それが大きな要因だったのだ。


「挨拶……とか、正式なの、分からないんだけど……兄上を見てれば分かる……かな」

「え、ええ」


これもレングには驚きだ。第一王子の真似なんて、絶対にしなかったのだから。


ユーアリアのことを何でも肯定してきた第二王妃の偏った教育のせいで、目上の者に対する礼法の知識が遅れていた。


リンディエールに出会う前までは、ただ傲慢に、威厳を持って下の者を見るだけで良いと思っていたユーアリア。けれど、それが今はとても礼法などと言えるものではないと理解したようだ。


これもリンディエールが関わっている。


夜に屋敷に帰って来ては、ちょいちょいダメ出しや助言をしていたのだ。



『兄ちゃんをもっと見て利用せえ。試験の時に近くに見本を持って行けるようなもんやろ。下の子ゆうんは、お得意なんやで? お兄ちゃんとおんなじこと出来たら、だいたい褒められんでな。点数やったら、真似しただけでオマケで何点かもらえるで』



これを、レングはフィリクスと第一王子と部屋の外で聞いていた。



『後は愛想良く笑っとき。礼儀作法より先に今日から笑顔の練習せえ。ぷっ、ちょっ、こっちを笑わせてどないすんねんっ。表情筋死んどるやないか! ま、まあ安心せえ。子どもの内はまだ回復の見込みが高いでなっ』



その慰めの言葉を聞いて、三人で思わず吹き出したのはバレていないはずだ。笑ってお腹が痛くなるという経験を初めてした。


そうして、レングだけは特にヒストリアを前に緊張することなく辿り着いた。


第一王子が胸に手を当てて目を伏せる。


「お初にお目にかかります。ウィストラ国王の第一子、マルクレース・ウィストラと申します。ご友人であるリンディエール嬢には、ここ数日、大変お世話になっております」

《ヒストリアだ。礼儀正しい子だ。さぞリンには驚いただろう。アレほどとは言えんが、もう少し普段から肩の力を抜くといい。王子というのは、王や王妃のような職業ではないからな》


ヒストリアは慈愛に満ちた目でマルクレース第一王子を見ていた。


《とりあえず、俺相手に畏まる必要はない。そうだな……王宮に居るよりも楽にしてくれ》

「はい……」

《ははっ。難しいか。まあ、リンがどうにかするだろう》

「え、あ、ふふっ」

《そうっ。そうして笑えばいい。愛想笑いばかりでは疲れるからな》

「はい!」


第一王子は心からの笑みを浮かべていた。 


《さて、それで、そっちが弟かな》

「っ、は、はい! お、お初に……っ」

《ああ、いい。礼法の授業はまたな。名前だけ聞いてもいいか?》


ヒストリアは優しく目を細めて、緊張したユーアリアを見る。レングは、きっと子どもが好きなんだなと思った。


この後、何なくユーアリアも挨拶ができた。続いてレイシャ、兄のスレイン、そしてレングが名乗る。


《それで、君がリンの兄だな。フィリクスだったか。それと、セラビーシェルとシュラだな。リンから聞いている》


これに、フィリクスは複雑な表情をしていたが、次にデリエスタ辺境伯夫妻とリフス卿が歩み出てきたため、そこまでとなった。


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