第2話  過疎

 この村の村長をはじめ、村会議員や役場の職員たちが、地場産業と雇用の創出に躍起やっきになっていた。そして議会で決定したことなのだが、今で言うなら「成功している道の駅」のようなもの、あるいはハイウェイオアシスのようなものをイメージしてもらえば分かりやすいが、地域の物産品を集めた物産センターを中心に、温泉やレジャー設備、飲食店などを備えたような施設を作ろうと言うことになった。


 だがしかし、である。この村は山里と言っても全体が谷のような地形で、まともな平地はほとんどない。傾斜地ばかりで大きな建物を建てるのに適した場所は皆無と言ってもよい。そこで、村長の提案、と言うより“ツルの一声”と言った方が良いだろうが、「墓地」を移転させて、そこに施設を作ることにしたのである。


 議会で決定し、ほどなくして移転先も決まり、寺の檀家だんかの人達もしぶしぶながら了承した。ほとんどが問題なく移転していったのだが・・・。Iの家だけは違っていた。


 この地方の方言で、ひねくれ者、強情な者を指して「因業(いんごう)なヤツだ‼」などと言うのだが、まさにこの家のあるじこそが[因業者いんごうもの]であった。


 Iの家は、墓地の移転には素直に応じたが、Yさんの墓と骨の移転は嫌だと言って拒否したのだ。このため近隣住民からの熱心な説得を受け、最後はしぶしぶ墓と骨の移転には応じたものの、仏様の魂を移って頂く儀式や読経どきょうだけは「絶対に嫌だ‼」とごねまくったと言う。 



 「何で、あんなことしたんだか? Iさんちの主人は因業な人だったからね、Yちゃんは結局、墓は移してもらったけど、和尚さんにおがんでもらってないんだよ。 だから、まだここにいるんだね~~。  きっと、そのせいでIさん家はあんなことになっちまったんだよ」  老婆は涙をぬぐいながらそう話した。


 

 墓の移転工事も無事に終わり、1年ほどたった春先の事だった。


 Iの家の天井のはりに真っ白な優曇華の花が咲いていた。

夕方、農協の金融担当のKがやってきてIの妻と話をしていた時に、ふと天井を見上げて見つけてしまったのだ。


「あの白いの何だろ、あそこの梁の所に一つ生えてる白いヤツ。花みてぇだなぁ~?」


「え~ッ、梁に白い花だって? Kさん変な事言わないでよ。まさか、優曇華じゃないだろうねぇ~‼  とうちゃんが帰ってきたら見てもらおう。」 Iの妻は驚きながらそう言った。


 しばらくするとIの家のあるじのNが帰って来た。家に上がり腰を下ろそうとすると、妻がたたみかける様に切り出した。


「とうちゃん、あれ見とくれ。」 と梁を指さしながら言う。


「梁の所に白い花みたいなのが見えるだろ、さっき農協のKちゃんが来て見つけたんだよ。まさか、優曇華の花じゃないだろうね‼」


「優曇華だぁ~? 縁起でもねえこと言うんじゃねえよ。 見てみるから脚立きゃたつ持ってこい‼」 そう言って脚立を持って来させてNが登って見た。その花をつかみ取って見ながら、


「何だこりゃ? きのこみてぇだなぁ」


「優曇華かい?」そう尋ねる妻に、少し不貞腐ふてくされたようにNが答える。


「そんなの分んねえよ、優曇華なんて俺だって見たことはねぇんだ。だいたいそんな話は迷信だろ。縁起が悪いからこんなもの燃しちまえ‼」


 そう言ってNは新聞紙にくるみ庭に出て燃してしまった。

 

 そんなことがあってから一か月も経たないうちに、この家に少しずつ異変が起き始めたのだ。

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