第9話 労いと応援
一時間近くも咲は先生と話している。
僕の状況、普段の生活、出来ること出来ないこと……。
先生は主に聞き役で、実際のところアドバイスらしいアドバイスなんて出来る筈もないのだけど、間に挟むちょっとした一言が咲を
「では
「はい!」
「ちょっと席を外してもらえますか」
「はい、え?」
一人になって考えたいとか、そういうことだろうか。
「沢村君はそこに座っていてください」
え?
咲が先生と僕の顔を交互に見る。
僕を見ている先生の視点は、やはり少しズレている。
「先生、勉と二人っきりに?」
「はい」
「話せるの!?」
「話せませんけど話します」
何を言ってるんだこの人は。
「勉、信じてるけど、机の下に潜ってスカートの中を見たり……」
「するわけないだろ! ていうか、もはや信じてないだろ!」
「だって教室でエロ談義するような人だし」
くっ!
美とエロが混然一体となって昇華する様を、咲はまだ理解できていない!
……まあ、女性経験の無い僕が言っても、妄想と理想の混然一体でしかないのだが。
「じゃあ先生、勉をお願いします」
少し名残惜しそうに、最後に顔だけ
咲がいない部屋は、僕もいないに等しい。
そんな風に思えてしまった。
「さて、橘さんがいなくなったので、言い難かったことをどんどん言いいます。あなたも好きなように話してください」
いや、先生、それでどうする気ですか。
「まずはそうですね、プラトニックにならざるを得ない件について」
ある程度、僕の立場を想像して一方的に
「
「まさか、エッチのことですか?」
「子供を作れないというのは確かに残念なことですが、子供がいなくても幸せな夫婦は沢山います」
「ちょ、いきなり夫婦の話になってますけど、僕達は幼馴染です」
「いきなり飛躍し過ぎだ、などと思っているかも知れませんが、例えばただ付き合うだけのことでも、将来子供も作れないからと思って引き下がる、なんてこともあるわけです」
子供はともかく、将来どころか現状ですら、出来ることが限られ過ぎていてる。
「一年のときの沢村君の成績は、
いきなり話が変わったな。
「見た目は秀才っぽいのにガッカリな成績。沢村君は勉強が出来ない子です」
「見た目は関係ないでしょう! ていうか教師がガッカリとか出来ない子とか言わないでください」
「名前も勉、もはや詐欺かと」
「ほっといてください!」
「でも成績に限らず、人それぞれ出来ること出来ないことがあります」
「僕の場合、普通の人が当たり前に出来ることが出来ない、ってところに問題があるんですよ」
「人は出来ないことを、他のことで補おうとします」
「補えるレベルの話では……って、よく考えたら、僕が咲を好きな前提になってませんか?」
「勉強が苦手な人は運動を頑張ったり、人付き合いが苦手な人は、コツコツと何か研究したり、趣味でも何でも自分が向き合えるもの、才能を活かせるものを無意識に探します」
これはいったい何なのだろう?
この光景は、ひどく
こんなバカげたことを、この人は何でやっているのだろう。
「見方を変えれば、あなたは今、心だけがあって、しかも橘さんだけに伝える手段がある状態なんですね」
心だけ。
無形で移ろいやすく、曖昧で、御し難い。
「それはある意味、利点でもあります」
「え?」
「授業中、教室で愛を叫ぶことが出来ます」
「は?」
「橘さんにしか届かないのですから、いつでもどこでも、あなたは思いっきりその想いを伝えられます」
「いや、だからそれ以前に」
「あなたには言葉があって、もちろん身体でしか伝えられないものはあっても、ある程度は言葉で補えます。あなたが、どれだけの想いをどれだけの言葉で伝えるか、それが大事になってきます」
「……」
「守るというのは、肉体的に防御することだけではありません」
僕は、取り敢えず反論することをやめた。
反論が無駄だからじゃなくて、ちゃんと先生の話を聞こうと思ったからだ。
「あなたの言葉で、彼女は強くなれたり、頑張れたりすることもあるわけです。結果的に、それが彼女を守ることに繋がります」
僕の言葉で、咲が強くなる?
そんなことがあるのだろうか。
「あなたは多分、出来ないことばかりに目を向けているでしょうが、出来ることに目を向けて、それを伸ばしてみてはどうでしょう。きっと、補える部分が増えていく
出来ることを伸ばす、か。
「それに、あなたは他人の目を気にする必要は無いんでしょう? 裸で路上ライブが出来るくらいに」
「そこから離れてください! ていうか服は着てると言ってるでしょう!」
「飾らずに生きるというのは難しいことなんです。でも、あなたは他人のために飾る必要は無いし服を着る必要も無い」
「見てる人間がたった一人でも、何かと飾ってしまう小さな人間ですが。ていうか服は着てると何度言えば」
「橘さんのためだけに飾ればいいのですから、それってとても素敵なことでしょう?」
「……咲の、ためだけに?」
「と、ここまで語ってきましたが、全くの的外れなことを言っていた可能性は否めません」
「いえ、そんなことは無かったです」
「ですから、相談内容とは別に、最後に普遍的なことを言っておきます」
偶然だろうか、先生と視線がピッタリ合った。
「大変でしたね」
「へ?」
「性的欲求を一人で処理することさえ出来ない」
「え?」
「道路の真ん中で歌っても、承認欲求は永遠に満たされない」
「おい、コラ」
「もはや欲求不満の権化と化してもおかしくない」
「大きなお世話──」
「でもあなたは、橘さんに弱気を見せたり、当たり散らすことは無かったでしょう。友人にしか言えないこともあれば、家族にしか見せない自分というものもあるのに、橘さんに見せられる部分以外は、全てたった一人で対処してきた」
「……先生」
「今回のような時間なら、言ってくれれば作ります。話は聞けなくても話したいことがあるということは判ります。そうですねぇ、橘さんに要点だけ伝えておいてもらえれば、それに対して私が一方的に話しても構いません。どこかにヒントや気休めになるようなことが転がっているかも知れませんし、あなたも話すことで不満が軽減するかも知れません」
「ありがとうございます」
聞こえた筈はないが、たぶん伝わった。
先生が笑顔で言う。
「頑張ってください」
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