第16話 バトル・オブ・セメタリー

 墓守が異変に気づいて、警告の鐘を打ち鳴らす。

 気が付くと墓地には、蝙蝠の羽を持った無数の魔物が飛来していた。

「大蝙蝠の群れか……低級な魔物だけど、数が多いな」

「わかりやすいお迎えだ。さて、共闘といこうか?」

「そうだな。結果的に墓地を選んだのは正解だった。……『死を記憶せよ』」

 杖を地面に突き立てる。その地点を中心に、紅く発光する円陣が現れる。

「我が名はアーロイス・シュバルツ。汝、我が名の元に集え」

 円陣が発光するにつれて、アローの瞳も本来の青から一変、紅い光を孕む。

 もう一度、アローはその言葉を口にする。

「――『死を記憶せよ』」

 その瞬間、この墓地の墓と言う墓から、一斉に白い破片が地を破り、飛散する。もし、この場に昼の光が満ちていれば、その白い破片が墓に埋葬されていた遺骨の欠片であったことに気づいただろう。

 無数に舞った骨片は、空中を旋回し、そのまま大蝙蝠の群れへと矢のごとく降り注いだ。いくつかの蝙蝠が地に落ちて物言わぬ躯と化した。

「……君、私の返答次第ではアレをやるつもりだったのかい?」

「そんなわけないだろう。せいぜい生ける屍を大量に作って囲い込むことを検討したくらいだ」

「もっと酷い。君、意外に容赦ないな。……私を何だと思っているんだ」

「腹黒い司祭」

「否定しきれないのが辛いところだな」

「雑談している場合じゃないぞ。残りが来る」

 骨を操って広範囲を撃ち落とすくらいでは、数は減っても全滅はさせられない。

 墓守が鐘を鳴らしていたのだから援軍は期待してもいいのだろうが、それまでは二人でこの大蝙蝠の大軍を相手にするのだ。ミステルの援護もない。

 大蝙蝠は特殊な魔法は使わないので、対処は比較的楽な魔物だが、吸血性を持つ獰猛な肉食で群れる性質がある。人間には聞こえない鳴き声を出して、どんどん仲間を呼ぶのだ。

 簡単に大量の個体を支配できるので、高度な術を使わなくても簡単に使い魔として使役できる。数匹なら取るに足らない魔物だが、群れで使役されると急に厄介になるのだ。

「フライアの加護をここに!」

 ハインツが懐から出した女神フライアの護符を、大蝙蝠の群れへと投げつける。

 護符は群れに到達すると同時に光を放ち、直線状にいた大蝙蝠を殲滅する。護身術程度の初歩的な聖霊魔法だが、特別な魔法耐性を持たない大蝙蝠には効果がある。

(それにしても、こんな初歩の魔法でこれだけの効果を出すのはすごいな)

 聖霊魔法は総じて、効果の高い魔法ほど発動が遅い。最高位魔法となれば、数人の術者が半日かけて行うものまである。そして、効果の出方は術者の魔力よりもむしろ、どれだけ聖霊の――つまり、力を借りる神の加護を得られるかで決まるのだ。

 護身用の聖霊護符では、本来ならば大蝙蝠を一匹倒せたらいいところだろう。数匹を一瞬で簡単に倒せているハインツの受けている加護は、相当大きなものだ。

「女神フライアは性格で人を選ばないんだな」

「君にそんなことを言われるとはね。ところで、ミステル嬢を出してあげることはしないのかな?」

「僕と君がここにいることの説明をすることよりも、大蝙蝠を叩きのめす方が面倒じゃないと思うぞ? ……『死を記憶せよ』」

 再び、骨片が地を破り、舞い踊る。今度は飛散せず、巨大な槍のような形状となり、いくつかの蝙蝠の腹を貫いてから離散する。

 しかし、討ち漏らした一匹がアローに肉薄して、そして。

「――『剣』」

 アローの声に従って、杖の先端にある異形の彫刻が形を変え、柄となる。それを掴み、引き抜いた刃で大蝙蝠を切り裂いた。

「仕込み杖だったのか、その杖は」

「魔法道具だ。剣、槍、弓矢なら作れる」

 答えながら、その剣で迫りくる大蝙蝠をどんどん斬り捨てているが、これではらちが明かない。仲間をどんどん呼ばれている。

「援軍はいつくるんだ?」

「さぁ、どうだろうね。この国は基本的に平和だから、皆こういう荒事にはなれていなくてね」

「なら、僕が何とかする。あんたは今から僕が術を完成させるまで、一人で戦ってくれ」

「これはまた、堂々とした盾になれ宣言だね?」

「そのかわり、一瞬で全部仕留めて見せよう。聖霊魔法よりは効率がいい。おまけに今は夜だ。昼程疲れもしない。精度は保障しよう」

「なるほど、大魔術クロイツァの弟子を信じよう。――フライアの加護をここに!」

 護符を数枚取り出すと、ハインツは次々に魔法を発動させていく。

 その間、アローは剣の切っ先で空中に魔方陣を描く。

 要するに、数が多いから厄介なのだ。大蝙蝠自体は骨片でも倒せる。だから、こちらも数を用意すればいい。

 生ける屍を大量に作る必要などはない。それではむしろ時間と魔力を大幅に削られるだけだ。もっと魔力消費を抑えて、かつ広範囲を同時に攻撃できればいい。

『死を記憶せよ』『死を記憶せよ』『死を記憶せよ』『死を記憶せよ』『死を記憶せよ』

 呪文を紡ぐごとにアローの瞳に宿る紅が、色濃くなってゆく。

「――薙ぎ払え」

 墓場が震動したように思えた。

 ようやくたどりついた援軍の僧侶たちが、後に語ったところによると。

 無数の巨大な剣が墓地の地面から空へと向かって一斉に突き立ち、大蝙蝠の群れを一匹残らず殲滅した、と。

 剣に見えるそれは、アローがこの墓地全体からかき集めて操った、遺骨である。大蝙蝠を全て駆逐するとともに、ばらばらとほどけてまるで雨のように地面へと落ちていく。

「…………」

 アローはじっと目をつぶり、何度か深呼吸した。

 じっと動かず、しばらく経った後小さく『死を記憶せよ』とつぶやく。

 それと同時に、地面に散乱した骨の欠片がずぶずぶと地面に呑みこまれ、消えて行った。後に残ったのは半壊した墓場と、大量の大蝙蝠の死体のみ。

 ゆっくりと顔を上げたアローの瞳からは、紅い色は消えていた。

「……やったぞ……制御しきった……ははは」

 疲労に濁った目で怪しく笑うアローに、護符を切らすまで聖霊魔法を使っていたハインツはうろんな目を向ける。

「……それはつまり、制御できない可能性が高かったということなのかな」

 彼がこういう顔をするのを初めて見た。これが素なのだろうか。だとするとなかなかに貴重なものを見ている。

「いや、できると思わなければやらない。危険性がゼロとは言えなかっただけだ。何せぶっつけ本番だからな。動物の骨ならともかく、人間の骨をあんなに大量に使ったのは初めてだ。もう二度とやりたくない。元の場所に戻さないとならないし……」

「そうか、私は君のぶっつけ本番のために盾にされていたのだね」

「君もこれで、他人の掌の上でころころ転がされる側の気持ちが理解できたんじゃないだろうか」

「……善処しておくよ」

 ランタンは地に落ちて、油の残りがわずかに燃えているだけだ。灯りとしては心もとないが、アローにはハインツが苦虫をかみつぶしたような顔になっているのが十分にわかった。

「君への評価を変えないといけないようだ」

「別にそんな大層な評価をしてくれなくていいぞ?」

 ハインツに警戒されると、それはそれでやりづらい。完全に手の内で、いいように使えるとは思わないでほしいものだが。

「カーテ司祭、今の魔法は何ですか? 見たことがありませんが……」

 ついた途端に大蝙蝠が殲滅されてしまい、呆然として成り行きを見守っていた僧侶の一団が、ようやく我に返ったらしい。隊長らしき男が、ハインツに事情の説明を求める。

「死霊術だよ」

「正確には、死霊術の黒魔術の複合魔術だ」

「……だ、そうだ」

 この男はきっと、上位の司祭であるハインツの聖霊魔法だと思っていたのだろう。魔物を一方的に殺戮したのが、見知らぬ少年であるアローが使った魔法だと知り、再び呆然としてしまった。

 しかし、すぐに気を取り直し、辺りに散乱した大蝙蝠の死骸を眺める。

「この魔物の群れは一体……」

「結論から言うと、私かアロー君、もしくは両方が狙われたようだね」

 すっかりいつもの調子で、ハインツは肩をすくめて笑う。

「そのようだな」

 アローも頷いて、元の形状に戻した杖の先で大蝙蝠の死骸をつついた。

 特別に変わったところはない。黒魔術によって使役された弱い魔物だ。ハインツ一人だったとしても、殺すところまではいかなかっただろう。彼が一人なら、聖霊魔法で適度に対応しつつ逃げることができた。アローでも同様に対処ができる。殺すつもりできたというよりは、威嚇のつもりだったのかもしれない。

「カーテ司祭、騎士団に調査と護衛の依頼を致しましょう」

「いやいや、それには及ばないよ」

 軽く流そうとしたハインツに、アローが横から口を挟んだ。

「いや、依頼してくれ。ぜひしてくれ。ヒルダにかけあってくれ。彼女は、剣の腕前なら護衛として申し分ないのだろう?」

「……確かに、ヒルダ嬢は護衛には良いと思うよ。素晴らしい剣技の才能を持っているし、若いからまだ騎士団内での地位はさほどではない。ゆえに自由もきく。だが、彼女にこだわる理由は何だい? まさか青春の話かな?」

「青春の話ではない。恐らく彼女が次の標的だからだ」

「何故、そう言い切れる?」

「良く当たる占い師の予言だからだ」

「……なるほど、それは」

 占いなんて信じていなさそうなのに、ハインツは訳知り顔で頷く。

「わかった。君の思惑通り動いてあげよう。何せ私は、君が犯人を探し出してくれないと困るのでね。……というわけだから、明日、騎士団に護衛の依頼を出してきてくれ。ヒルデガルド・ティーヘ嬢をご指名だと、しっかり伝えてくれたまえ」

「は……はい」

 状況がさっぱりわからない会話を見せつけられて、急に話を戻された僧侶は、目を白黒とさせながらそれでもしっかりとうなずいたのだった。



 昼間の死霊召喚に加え、夜中にも魔術を連発していたのだから、疲労は相当なものだったようだ。宿に戻ったアローはミステルの封印を解き、素知らぬふりで眠りについたのだが、次に起きた時にはすでに日が高く昇っていた。

「ね、寝坊した……!」

 ベッドから飛び起きて、急いで顔を洗う。支度を済ませ、杖を引っ掴んだところで、ミステルが気づかわしげに声をかけた。

「お兄様があまりに目を覚まされないので心配しました。お身体は大丈夫ですか? 都に出てきてから色々ありましたし、お疲れなら今日はお休みになられては……」

「いや、疲れてはいない。森とは勝手が違うからまだ慣れていないだけだ」

 疲れている理由を詮索されると、昨晩のことでボロを出してしまうかもしれない。ハインツとの協定関係も彼女にはまだ教えていないし、今明かすわけにもいかない。そして、悠長に休んでいるほどの暇もない。

 ハインツは約束を破ったりはしないだろう。ヒルダを自分の目が届く範囲においてくれるはずだ。ヒルダの方は嫌かもしれないが、仕方がない。

 呪いは聖霊の加護が強い人間を嫌う。ヒルダが呪わる対象なら、ハインツの側にいれば呪いの進行が遅れるはずだ。すぐにどうにかなるわけではない。アローはそう自分に言い聞かせた。

 それにしても、寝坊したのは大失態だった。ハインツとヒルダが今どこにいるのかもわからない。護衛を頼んでおいて、まさか教会にずっといるわけにもいかないだろう。

「ミステル。これからハインツの元に向かう」

「お兄様、あの男にあまり関わり合いになることはおすすめできませんが……」

「僕にも考えがあってのことだ。大丈夫、彼は確かに清廉潔白とは言い難い人物ではあるけど、君が思っているほど悪意に満ちてはいないよ」

「善意が満ちていないのは確かなことですよ?」

「それについては否定しない。だが、世の中綺麗なことだけではやっていけないんだ。僕はそれをこの王都で学んだぞ……」

「あああ、お兄様がだんだん世俗にまみれていくっ! どんどん打算を覚えていく……っ!」

 さめざめと泣く(フリをする)ミステルを横目に、アローは出発準備を整えた。杖を掴むと、宿の部屋を飛び出す。ひとまず、教会に行かねば話が始まらない。

「お兄様、何を焦ってらっしゃるんですか?」

「ヒルダがカタリナから、呪いについての予言をされていただろう」

「ええ、そうですね。私もその場にいましたから。ですが、ワルプルギス女史は予言ではなく、『勘』だとおっしゃっていました。だから私、悪い冗談だと……」

「いや、冗談ではないと思う。なまじ病死の印象が強かったから、強くて健康的なヒルダは対象ではないように見えるが、呪いだからな」

 生命力が強い相手、前向きな相手は呪いがかかりづらい。呪いは心と体の弱い部分から侵していくものだ。だから剣の鍛錬を積んでおり、若くて健康で、誠実で明るい性格のヒルダは呪いがかかりにくい人間のはずだ。だからこそ、ミステルもカタリナの言葉を冗談と受け止めたのだろう。

 だが、相手はそもそも、呪術の素養があるミステルを呪い殺せるのだ。少し呪いにかかりづらい性質をもっているからといって、安全だとは思えない。

「ヒルダを呪う人間の正体と目的がつかみたい。恐らく、ミステルを呪い殺した人間と同一人物だ。雑な呪いの護符をばらまくのとは別に、個別に高度な呪いをかけているのだとしたら、血紅石程度でどうにかなるものじゃない。あれは元々、時間稼ぎのようなものだ」

「お言葉ですが、お兄様……」

 話しながらも足早に通りを行くアローの背に、ミステルは呼びかける。

「私を呪い殺せる人間など、この国にいるでしょうか?」

 アローは立ち止まった。

 不遜ともとれる言葉だが、彼女の言い分は真っ当だ。

 アローはずっと森の中でひきこもっていたので、多くを知っているわけではない。それでも呪術の素養については、他ならぬ師匠がミステルの右に出る者はそうそういないであろうとお墨付きを送っている。直弟子ではないが、師匠はそれなりにミステルにも目をかけていたので、その評価はいい加減なものではないだろう。

「私を殺せるとしたら、それはクロイツァ様とお兄様くらいです。どちらも、私を殺す理由などありませんが」

「そうだろうな……だからこそ、犯人の目的が知りたい。どこでその力を手に入れたのか、こんなことに、何の意味があったのかを」

 ミステルはもう、それ以上は言葉を重ねようとしなかった。

 ただ隣にならんで、すがるようにアローの手に自分の手を絡める。ミステルには実体がないから、アローにはかすかに手がひんやりとする程度の感触にしかならない。

 アローは再び歩きはじめる。

 隣にいるのに、世界が違う。言葉は交わせても触れあえない。死は永遠の断絶だ。

 孤独と孤独が隣り合わせて存在するだけだ。

「ミステル、これだけは信じて。僕は何があっても、お前を見捨てない」

「…………お兄様」

 話している内に教会についた。ハインツの行先に心当たりがないか、僧侶を捕まえてきいてみようかと探していると、向こうから勝手によってくる。

「アーロイス・シュバルツ様ですね。カーテ司祭がお待ちです」

「ん? 待っているのか?」

 アローの予測に反して、ハインツはまだ教会にいるようだった。恐らく、ヒルダも。

「墓地荒らしが発生したので、騎士様と調査をされております。シュバルツ様がいらっしゃったら、ご案内するように仰せつかっておりました」

「あー……」

 アローは術で使役した遺骨だけを墓に帰して、そのまま後の始末は教会任せにして宿に帰ってしまった。だが、夜中のうちにあの大量の大蝙蝠の死骸を片付けられるはずもないし、ついでにあれだけ派手に魔法を連発しておいて、墓石が無事で済むはずもない。

「お兄様、何か心当たりでも?」

「いや……何もない……何も……、うん。ハインツもさすがに教会で事件がおこると、娼館に逃げることもできないのだな、と謎の感慨を抱いただけだ」

「そういえば妙ですね。雑事は真っ先に人に押しつけて逃げそうな印象があるのですが……」

「教会の人間だからこそのしがらみがあるんだろうな」

 必死に話題をハインツの方にそらして、自分が関わっていることを誤魔化そうと試みる。

 幸いにも、ミステルは墓場荒らしの実態についてはあまり興味がないようで、そこはつっこまないでいてくれた。

「仕方がない。呼ばれているようだし、僕も事件の後始末を手伝ってこよう」

「お兄様の手を煩わせることではないと思いますよ」

「いいんだ。どうせハインツには会わないといけないし」

 墓地の遺骨を勝手に使って戦った手前、手を貸さないのは寝覚めが悪い。

「それに、幽霊が苦手なヒルダが、人格的に苦手なハインツと一緒に墓地にいかされているのかと思うと、さすがに同情どころじゃすまない」

「調査に来ている騎士って、ヒルダ様だったのですか? ヒルダ様、この事件を押しつけられすぎではありませんか?」

 ミステルの声音が若干疑わしげになる。

「僕がハインツを通して口添えを頼んだんだ。ギルベルトに伝言を頼んだ時に。今更、新しい騎士に一から事情を話すのも面倒だったからな。彼女には悪いことをした」

 アローがしれっとした顔でついた嘘を、ミステルはひとまず信じたようだった。特に疑うような要素もない。ハインツは話を合わせてくれるだろう。

 僧侶に連れられて、祈祷所裏の墓地へと向かう。その場で見たものは――。

「……………………」

「……………………あの、お兄様、これは呪殺事件よりもよほど一大事なのでは?」

「……………………いや、うん、人的被害は出てない、と思うぞ?」

 墓地の片隅に積まれた大蝙蝠の死骸の山。墜落した大蝙蝠によって(それと多分、主にアローが使った魔術のせいで)破損し、血のりで汚れた墓石の数々。何とも言えない異様な空気を醸し出している。その中で、数人の僧侶が黙々と墓石を拭き、死骸を片付け、という作業を繰り返していた。

「酷いものですよね。昨晩、流れ者の魔術師がこの墓地に入り込み、私闘を行ったようでして……。カーテ司祭が異変に気づいて、聖霊魔法で不届きものを追い払ってくれたそうなのですが、ご覧の有様なんですよ」

 この僧侶は昨晩、アローがその場にいたことを知らないようだ。あの時召集されていた援軍の僧侶たちは、有事の際に駆り出される聖霊魔法部隊なのだろう。教会内でも特殊な扱いの部隊なのかもしれない。下級の僧侶には、適度に誤魔化された情報が回っているようだ。

(結果論だが、これはありがたいな)

 昨晩お会いしましたね、などと言われてしまうと、さすがに誤魔化しきれない。

「あ、ハインツ司祭とヒルダ様はあちらにいらっしゃいますよ」

 ハインツは僧侶に指示を出しているようだ。その隣で、顔面蒼白のヒルダが突っ立っている。

 ただでさえ、死霊の類が苦手なヒルダが、この血みどろ大惨事の墓地が怖くないはずがなかった。彼女はアローとミステルの存在に気が付くと、気が抜けたようにその場にへたり込む。

「アロー……貴方、何ていう現場に私を呼んでくれたのよ」

「うん、いや、その…………本当にごめん」

 今回ばかりは、アローも本気で謝った。

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