クレーム・クライム世界大会 ー決勝戦ー

ちびまるフォイ

とくに恨みはないがとにかくこれは糞だ!!!

さあ、クレームクライムの決勝戦!

登頂するクレーム山は世界最高度のレベエスト山!


ついに最終決戦がはじまりました!!


「なんだよこの手袋! 全然冷たいじゃねぇか!!

 あのクソメーカーめ、不良品作りやがって!!」


おっと、日本代表の紅夢くれむ選手すさまじいスタートダッシュ。

後続のジョン選手を大きく離します!!


「この大会のトイレは汚かった!

 衛生管理の意識がないのか! ふざけやがって!!」


紅夢選手のクレームは止まらない。

クレームクライムでは文句を言うほどに上へと進むことができます。


予選でも見せたこのマシンガンクレームによる高速登頂。

ついたあだ名がが「ZEROSEN」。


「ああちくしょう!! どいつもこいつもバカばかりだ!

 ちゃんと俺の努力を評価してくれるやつなんて誰もいねぇ!」


紅夢選手のクレームはとどまるところを知りません。

ぐんぐんと山頂へと上り詰めていきます。


いったい何が彼をここまでクレーム人間に変えてしまったのでしょう。


最初のきっかけはそのキラキラネームだと言われています。

小学生の時に自分の名前をしこたまいじられたことにより、

自分の名前が変なのではなくそれを変だと言う人間がおかしい。


と、ある種の心理的自己防衛をするようになってから

持ち前の達者な話術とやたらとマウント取りたがる正確が相乗効果を生み

クレームクライム世界大会でも圧勝するほどの選手を生み出したのです。


クレームクライムの日本コーチは紅夢選手について語っています。


『まあ、彼は天才ですよ。特別な指導はしていません。

 指導するにしても1個指導したら10クレームが戻ってきますからね。

 放し飼いが一番なんですよ、ハハハ』


と。


ある意味で独学のクレーム技術で上り詰めたといっても過言ではありません。


「今の政治家はどいつもこいつもクソだ!!

 自分のことばかりで若いヤツのことを考えちゃいない!」


「女ってのはどいつもこいつも勝手なことばかり!

 どうせ顔がよければなんでも許せるんだろ! クソが!」


「ほんと今の世界は老害どものせいで最悪だ!!

 生産性の低い老害どもはさっさと死んでしまったほうがいい!」


紅夢選手のクレームは物や特定個人をターゲットにしたものから、

より範囲の広い社会や女性へのクレームへとシフトしてきています。


クレーム評論家さん、これをどう見ますか。


「そうですね、これはストッククレームです」


「ストッククレーム?」


「普段から自分の中で鬱屈しているクレームですよ。

 自分自身のコンプレックスの裏返しになる場合が多いですが

 このクレームが出たということは相当に疲弊しているところでしょう」


「そうなんですね、文句を言うだけ元気に見えますが」


「ストッククレームは、から元気みたいなものです」


あーっと! 評論家のコメントをなぞるように、紅夢選手ここで急ブレーキ!

いったい何が起きたのでしょう!?


「くそっ……転売屋はクソだ……!」


かろうじてクレームをつけながら一歩、また一歩と山頂への距離を縮めていますが

そのスピードは最初のロケットスタートと見る影もありません。


「クレームが尽き始めたのでしょうね。

 薄いクレームだと岸壁にフックしづらくなるので滑落する危険があります。

 今は必死に頭を回しながら次のクレームを探している最中でしょう」


紅夢選手、ゴール目前にしてついに足が止まりました。

クレームを付けないことには登頂することができない。


一度吐き捨てたクレームをもう一度放つことはできない!


社会だの女性だの、バカでかいくくりで批判したことが

今になって次のクレームを生めなくなる悪循環を生み出してしまった!


そうこうしているうちに、あれだけ差をつけていたはずのジョン選手が近づいていく!


「ふざけやがって……ちくしょう……くそだ……」


紅夢選手の口から出てくるのは内容を持たない文句ばかり!

これでは山頂へ近づくことはできません!


「HAHAHA オサキ!」


ついにジョン選手が紅夢選手を追い抜いてしまいました!

ペース配分を意識したジョン選手の作戦勝ちか!?


いや、ちがう!?


紅夢選手、急に先行するジョン選手を見上げました!!


「なんだあのクソダサい登山リュック!!」


「あの防寒具よりもいいのがあるのに

 わざわざ使っているなんてミーハーもいいところだ!」


「あいつの髪型ほんとありえねぇ!

 あの髪型にする奴は確実に性格悪いに決まってる!!」


ここで紅夢選手が怒涛のいちゃもんをつけはじめました!!


岸壁にさなぎのごとくくっついたままだった紅夢選手が、

ジョン選手へのいちゃもんクレームにより猛追をはじめました!


「彼はこの瞬間を待っていたんでしょうね。

 クレームを使い切った今、新しいクレーム先を探していたのでしょう。

 そしてついに見つけてしまったのです。格好の標的を!」


ジョン選手、追い上げる紅夢選手を見て慌てて準備していたカンペを見ながらクレームを付け始める!


しかし、特定個人に対してのクレームという体をとった

ただのストレス発散にかけて紅夢選手の右に出るものはこの世界にいません!!


紅夢選手、ジョン選手を追い抜き! 今、山頂へと到達しましたーー!!



「紅夢選手、優勝おめでとうございます」


「ええ、でもホント今大会のコンディションはクソでした。

 だいたい大会の運営の手際が悪すぎるんですよ。

 普段の俺ならもっといい感じの速度ができたのに、この運営が……」


「あ、あはは……」


「だいたいね、こんな疲れているのにインタビューてなんなんだ。

 余裕もって世界1位取れるわけ無いだろ。ボロボロだよ。

 その状態でマイク向けて、良いコメントしろって? ふざけんな」


「ご、ごめんなさい……」


「謝るんじゃなくて、今後どうするかを答えろよ。

 だいたいあんたみたいな人間は何も考えてないんだ。

 その場だけ謝ってあとはすっかり忘れてる、だからダメなんだ」


優勝して嬉しいのか紅夢選手のクレームは止まりませんね!


放送時間の都合上ここでお別れとなりますが

紅夢選手の喜びのクレームはこのあとジョン選手が下山するまで続くことになりそうです。


本当に、優勝おめでとうございます! 紅夢選手!!




その後、クレームクライム金メダルを取った紅夢選手が

自国の空港に帰ると多くのサポーターが活躍を祝福して待っているーー


ということはなかった。


「ったく! 飛行機の隣の客! うるせぇんだよ!

 CAは来るのが遅いし! 空気は悪いし最悪だ!!」


紅夢選手はクレームをひとりで言いながらサポーターのいる地元へと帰っていきました。

どうして出待ちしていなかったのかサポーターのひとりに聞いてみましょう。


「当たり前じゃないですか。

 なんでもかんでも文句言うような人と関わりたくないですから。

 画面を通すくらいの距離感が一番です」


この状況をクレーム評論家さんはどう見ますか?


「人柄で栄光を陰らせてしまうなんて、悲しきモンスターですね」

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