離れてしまえば両者とも多少なりましな、世間一般でいう幸せな人生を歩めるであろうに、決してその選択を取れない人々がいます。一言で説明してしまえば「相手に執着している」状態。二本の線が交わらないのは傍目に明らかなのに、当人たちは決してそれを認めず、自分の抱く感情のままに振る舞う。まさしく抜け出しようのない地獄です。
決して理解し合えることはないのに相手を頭の中から追い出せない、きわめて厄介な関係性に対する、書き手の並々ならぬこだわりが、文章のそこかしこから匂い立ちます。「このふたりは分かり合えない」と示すために振るわれる技巧は、あまりにも見事です。女性どうしが織りなす地獄が書きたくて仕方がない、自分は「ワルい百合のオタク」なんだという宣言として、僕はこの二作を読みました。
「悪い百合も百合なのかって? そんなもんお前、当たり前だろ」と思われる皆さんは是非。
※内容にちょっと触れてます、ネタバレ注意です。
もはやあらゆる意味で悲劇しか待ち受けていない。
頼るべき男たちがいなくなり、生き延びるために抵抗ではなく恭順を選んだ女たち。やってきた敵国の軍隊におもねった彼女たちは、どんな理由があれど、占領地を解放した無慈悲な祖国によって戦後ラーゲリに送られるしかなかった。
そこで待っているのは、飢えと寒さ、一切れのパンと水、そして酷薄な最期のみだ。
だから、母は自らの命をもって娘・ゾーヤに贖罪をさせ、「罪」に報い、ゾーヤに未来を残すしかなかった。
母の選択はただ一つしかなく、軍人としてではなく人間として悪を止めようとした主人公・タチアナの行為は一個の人として善であったとしても、なしてしまえばそこに少女の未来なぞ存在しなかった。
母は正しかった。
たとえそれが、感情の交錯と依存の果てに破綻が待っている未来だとしても。
これは戦後の話だ。
だがタチアナとゾーヤの戦争は、終わりでなく始まったのだ。
果てのない千の夜を深めていくふたりの、殺伐百合譚。その序章。