紅い翼

かしまからこ

第1話

ある国のあるお城で、女の子が生まれた。

生まれた時は城中の者全員が、それはたいそう喜んだらしい。

みんなで盛大なパーティーまで行われた。


それから3年後、このお城に二人目の女の子が生まれた。

この時は二人目ということで、パーティーなどは一切行われなかった。


月日が経つにつれ、一人目は美しくなってなっていき、二人目は醜くなっていった。

母親も父親も、召使いもみんな一人目だけをかわいがるようになった。


たくさんの愛情を注いでもらった一人目の女の子は、天使のように愛らしく、また優しい子になった。


だが誰にも愛されずに育った二人目の女の子は、心も荒んでいった。


二人目が10歳になった時だった。

いつものように姉の着古したドレスを自分で着て手で髪をとかしていると、突然城の兵士に目隠しをされた。


「離せ!!」


少女の喚く声に、耳を貸さない兵士。

長い廊下を歩かされ、長い階段を下らされた。

ガチャリ、とかんぬきの外れる音。


目隠しをとられると、光に目が眩んだ。

その瞬間、背中を突き飛ばされた。


バランスを崩し、床に前のめりに転ぶ。

すると再びガチャリ、という音が響いた。


少女は自分が閉じ込められたということを悟った。


この小さな部屋には、扉とそのすぐ横にある鉄格子の空気穴、そして窓しかなかった。


何もない、白い少し汚れた部屋。


下ってきた階段の長さを考えると、ここは城の地下なのだろうと推察でした。


絵を描くことも、庭で遊ぶことも、本を読むこともできない。

できることといったら、ただ窓から空を見上げてぼんやり考え事をするくらいだ。


少女もそうすることにした。

左の壁に寄りかかり、青く澄んでる空をただ見上げていた。




コトリ…という小さな音で、いつの間にか眠っていた少女は目を覚ました。

鉄格子の隙間からパンと、コップに入った水が入れられていた。


「待って!行くな!」


ちらっと見えた兵士のものと思われる手を、少女は呼び止めた。


「今の時間は?」

「午後六時です。」


「食事はいつも、この時間だけなのか?」

「…いいえ、一日三食です。明日からちゃんと」



食事がつくことを知って、少女は安堵した。

パンと水を自分の方に引き寄せた。



「もう少ししたら、王様とお妃様がおいでになられます」

「お父様とお母様が?!」



兵士は頷くと、戻っていった。


少女の顔はいくらか明るくなった。

2人が来たら、きっと自分を元の部屋に戻してくれるに違いない、と期待していたからだ。


水を一口飲んで、皿の上にぽつんとのせられたベーグルパンにかぶりついた。

パンと水はあっという間になくなってしまった。

でも少女は少量の食事には慣れていた。

毎日、姉の食べ残ししか与えてもらえなかった。

だからきっとこのパンも、姉の食べ残しなのだろうと思った。


空になった皿とコップを、鉄格子のところに戻しておいた。

そして窓を見上げると、空が赤くなっていた。


それからもずっと、日が暮れていく空を見上げていた。

紫になって、一番星が輝き出す。

空が暗くなるにつれ、部屋も暗くなっていった。

この部屋にはランプが一つもないから、当たり前だった。


食事が運ばれてきてから2時間後。

ぼんやりとしていた少女の耳に、複数の人間の足音が飛び込んできた。


少女は食い入るように鉄格子の外を見つめる。

足音がどんどん近づいてくる。


「お父様!お母様!」


王様の高級な靴と、お妃様の長いドレスの端が、鉄格子の外で止まった。


「開けてちょうだい」


兵士がすぐにかんぬきを開けた。


「お母様!」


鉄格子から離れ、開いた扉の前に立った。

何カ月ぶりかに見る両親の姿だった。

少女は興奮して大喜び。


「早く私を、この暗くてジメジメした退屈な部屋から出してください!お願い!!こんなところは嫌!!」


言葉使いに気をつけながら、少女は必死に訴えた。


「ぼんやり空を眺めて考え事するくらいしか、やることがないの!真っ暗だし怖い!!ここにいたら気が狂って死んじゃうわ!!」


「数ヶ月したらさらに醜さに磨きがかかったわね。ねえ、そう思わない?」


ドレスの端を持ち上げていた召使いと横に立つ兵士が、首がもげるくらい何回も頷いた。

この城で王様とお妃様の言うことは絶対なのだ。


「本当、こんな顔じゃ恥ずかしくて人前に出せやしない」


予想外の2人の言葉に、少女はただ呆然としていた。

今までどんなにほったらかしにされても、パーティーに自分だけ参加できなくても、食事が充分に与えられなくても。

新しいものが何一つ買ってもらえなくても、お出かけに連れて行ってもらえなくても、2人のことだけは信じていた。


いつか、自分に振り向いてくれるだろうと。


少女は声が出なかった。


「やっぱりもっと早く人目の無いところに閉じ込めるべきだったのよ。あんたはずっと、死ぬまでここで暮らすの」


「この城に、醜い姫はいらない」


王様とお妃様の冷たい目が、どんな言葉よりもつらかった。


「2度と私を母親だなんて思わないで。…さっさと閉めてちょうだい。あの顔を見てると吐き気がするの!」



扉が閉められ、かんぬきがはめられた。



「これでもうあの顔を見ないでいいと思うと清々するわ!」


「そうだね。僕たちの子供は一人きりだ」



鉄格子の外から聞こえてくる、2人のうれしそうな声。


少女は床に崩れ落ちた。



一生、この場所で、一人きり。



その現実が、少女を深く突き刺した。

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