Interlude05 休日。『Kaoru』店内にて
『随分と入れ込むな、あの二人に』
とある火曜日。『Cafe&Bar Kaoru』は定休日だ。一人店に残った薫は、電話口の向こうからそんな言葉を浴びせられていた。
店の固定電話ではなく、携帯にかかってきた個人的な電話だ。薫は自室でパソコンのキーを叩きながら、薄笑みとともにそれに応えた。
「まァそうね。けどそんなに珍しいかしらァ?」
とぼけるような口調で言ってみるが、電話の相手は微塵の動揺も窺わせず、
『一週間を超えるような長期戦、今までなかったらな。しかもそれがいきなり三週間目だ。有体に言って、退屈過ぎて気が滅入る』
逆に軽いトーンでそう吐き捨てた後、続けた。
『いい加減付き合いきれん。いつまで待つつもりだ?』
「んー、そうねェ……」
細く長い嘆息とともに、薫は曖昧に相槌を打った。続いてカレンダーを見る。もうすぐ十月も終わりだ。
小さく鼻を鳴らして、薫は携帯に意識を戻した。
「今週いっぱいは待って頂戴。と言っても、アタシの勘が当たれば、今日中には済むんじゃないかしら」
そう言うと、電話越しに舌打ちが返ってきた。次いで苛立たしそうな声で、
『根拠はなんだ』
「今日はあのコたちお休みだからねェ。都合よく気が緩んでるトコだと思うの」
『…………』
「第一アンタ、アタシに口答えできる立場じゃないでしょ。従っときなさいヨ」
どの程度納得したかは分からなかったが、薫は続く言葉で相手を黙らせた。
彼自身、自分の予想がそう外れているとは思っていない。絶対の自信がないことも事実ではあるが、今日ではなくとも今週中には待っていた事態が起きるであろうとは思っていた。
外れる可能性もないではないが……そのときはそのときだ。
『……俺以外の恨みを買っても知らんぞ』
「ウフフ、そぉんな怖いもの知らず、いるなら会ってみたいくらいよォ」
向こうから届いた忠告を鼻で笑い、薫は胸を逸らした。通話相手の溜息が聞こえる。薫がどの程度本気で言っているのかを疑っているような雰囲気だが、生憎と十割本気である。
『とにかく、この手のクソつまらん仕事は二度と御免だからな』
「はァいはい、覚えておくわ」
釘を刺すような一言にもいい加減に応えた結果、もう一度舌打ちを鳴らされた挙句、通話が切れる。無機質な電子音を鳴らし始めた携帯を手に、薫は一人笑みを深めた。
途端、眼光が鋭さを増す。冷徹な気配がその身を覆い、刻んだ笑みが凄みを増す。それは彼が、日頃決して人には見せない姿。限られた数名のみが目にしたことのある姿だ。
「……やっぱり、執着してるように見えるのかしらねェ」
ぼそりと呟きが漏れる。吊り上がった口角は自嘲めいていたが、反面、水銀のように周囲の光を照り返す双眸は、明確に『敵』の姿を想起していた。
自嘲めいた吐息とともに、彼は椅子から立ち上がる。部屋を出て向かったのは店の厨房。今やすっかり彼のものではなくなった場所だ。
冷凍庫からタッパーに入ったカレーを取り出す。昨日の閉店後、紗良と小雪が作ってくれたものだ。昨晩全員で夕食にしようという話になったとき、薫のために多めに作って残してくれたのである。
「ホント、気が利くコたちだこと……」
食べる準備を済ませ、カレーを盛った皿を見下ろしながら、そんな独り言を零す。口元にはやはり、終始皮肉げな笑みが浮かんだままだ。
薫は昼食を頬張りながら、さも楽しそうに呟いた。
「あんなコを「可愛い」だけで終わらせるなんて、勿体ないじゃない――」
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