4-4 大河内の意見

「思ってた以上に色々あるんですね……」

 数時間後。大河内さんの案内で訪れたショッピングセンターの片隅で、私たちは遅めの昼食を摂っていた。

 私の前には鳥じゃがとご飯。量は値段相応だが、味付けはかなり素っ気ない。箸を持つ逆側の手には、メモを開いた携帯がある。画面に並ぶのは、これまで見比べた品々の価格と特徴、優先順位の評価だ。

 液晶を睨みながら呟いた私に、大河内さんは肩を上下させて、

「僕としては、君の熱心さの方が意外だったけどね。まぁ自分たちの今後に直結することだから、真剣になるのは当たり前なんだろうけど」

「すいません。サラって生真面目だから、こういうとき加減とか効かなくってぇ……」

 彼に続いて、カナまでもが疲れた様子で言う。萎れた草花のように背筋を曲げ、むっつりとしたへの字口でぼやく彼女に、私は思わず怪訝な顔をしてしまった。

「カナ、どうしちゃったのよ? 疲れたの?」

「疲れたわよ」

 即答された。

「あれだけ目まぐるしく色んなコーナーを駆け回って、見るもの一つ一つ、やれ頑丈さだやれ大きさだって調べて、他に要るものはないか、これがあればあれは要らないかとか引っ切り無しに喋ってたら、疲れない方がどうかしてるわ……」

「そ、そうかしら」

 心なしか恨みがましくすら聞こえるカナの声。思わず眉間が引き攣ってしまうのを感じつつ、私は往生際の悪い相槌を打った。

 そんな私たちを取りなすように、大河内さんが慌てて口を開く。

「僕はむしろ感心したよ。どれほど入念に新生活をイメージしていたって、実際に家具や雑貨を目にして、ここまでスムーズに検討できる人はそういない。今まで何人も面倒を見てきたけど、君たちは群を抜いている」

「たちっていうか、サラに任せっきりですけどね」

 苦笑気味にカナが漏らした。ただ、大河内さんの言い分に、考えるところはあったらしい。カナは改めて私の目を覗き込むと、さっきとは違うトーンで語りかけてきた。

「けど実際、こういうときのサラの頭の回転の早さはすごいなって思う。わたしじゃ全然追いつけないもん。だから色々と頼りっぱなしになっちゃってるなぁ、って自覚はあるのよ」

 そんなことを言われ、私は目を瞬いた。意外そうに見返す私に、カナは照れて目を逸らすでもなく、真っ直ぐ私と視線を結び合いながら微笑んできた。それを見て、私の口元にも同じ笑みが浮かぶ。

「その分のめり込むと周りが見えなくなるからね。足りないところをカナが埋めてくれるから、安心して集中できるのよ」

 人前でこうもあからさまに見せつけるのもどうなのだろう、とは思ったが、こちらを見る大河内さんの目は温かい。少なくとも彼については、嫌がっていたりはしなさそうだ。

 ただ、彼はやおら目を伏せ、口元に極めて薄く微笑を描いた。

「本当に、君たちの仲睦まじさは見ていて気持ちがいいね」

「ありがとうございます」

 微妙な表情の理由を読み解けず、私は曖昧に頷く。そんな疑問を察し、応じるように、大河内さんはすぐに再び口を開いた。

「その上で僕から一つ言わせてもらうと、それはあまりみだりに見せびらかさない方がいいと、僕は思うな」

 朝の根岸さんを思い起こす仕草で、自分の首を指でつつく大河内さん。ただ、その主張はある意味正反対だ。奇妙な縁に、私だけでなくカナまでも、同時に目を丸くした。私たちの反応の仕方が予想を超えていたのか、大河内さんもまた私たちに続いて驚いた顔をした。

「どうしたんだい、そんな意外そうな顔を?」

 問われ、つい私とカナは顔を向かい合わせた。ぱちくりと瞬きするカナを見て、私が先んじて答えを返す。

「いえ実は、今朝バイト明けの根岸さんに会ったんです。そのとき、この痕見ながら「お互いパートナーがいるってアピールをしておいた方が、他の人に絡まれにくい」って言ってて」

 事情を説明すると、大河内さんは「ふむ」と一声漏らし、顎に手を当てた。直前までとは一転して、神妙な雰囲気で黙りこくっている。意外な反応に、またも私たちは閉口してしまった。

 やがて、

「まぁ、一理あると言えなくもないけど、僕はお薦めしない。そういう行為にオープンな、軽い人間だと見做みなす輩も少なくないだろうから」

「なるほど……」

 それこそもっともな言い分に、私はただ唸ってしまう。

 考えてみれば大河内さんの言うようなことも至極当然で、予想していなかったことを恥じ入るべきなのかもしれない。カナとの二人の生活が始まり、ちょっと浮かれすぎていた。カナが自分のものだってアピールを堂々とできることにばかり意識が傾いていた。恥じらいを持つべきという単純なことに思い至らなかったのはそのせいだろう。

 渋い顔つきで、私はちらりとカナの横顔に目を向ける。彼女の表情は私とは違った。大河内さんと同じような淡い苦笑を浮かべる口元に、私はぞくりとさせられた。根岸さんのときと同じだ。私だけが置いてけぼりにされるような薄気味悪い感覚。

「何かそういうサインが欲しいなら、例えば指輪なんかが一般的かな」

 私の感慨を余所に、大河内さんのアドバイスが続く。束の間の放心から醒めた私は、慌てて表情を引き締めて彼に視線を戻した。

「婚約指輪、ってことでしょうかぁ?」

 代わってカナが、私の方に目を向けながら言った。僅かに細く熱っぽい視線は、気のせいだろうか、あたかも挑発のような色を帯びている。事実、「婚約」という響きに、私は狼狽して顔を赤くしてしまった。

「必ずしもそうじゃないさ。こう言っちゃなんだけど、周りに見せつけるだけなら安物でもいいわけだし。それに本格的に作るとなると、時間もお金もかかるからね。かといって、安物の婚約指輪なんて抵抗があるだろう?」

「ふふっ」

 私の反応をわざと意識の外に追いやるかのようにして、大河内さんとカナが言葉を交わす――いや、交わしたというのも違うか。妖艶な笑みのまま、そしてじっと私だけを見つめたまま、カナは短く笑い声を零しただけだ。

 唐突に彼女は席を立ち、数歩歩いて私のすぐ隣、ぴったり寄り添いながら足を止めた。何をするつもりなのか分からず、私も大河内さんもただ怪訝そうにそれを見守るだけだ。二人分の注目を集める中、カナはそっと私の腕に触れた。

「根岸さんから、もう一つ言われたんです」

 舐めるような、蠱惑的な指使いでカナの手が私の腕を滑る。ぎょっと身を竦ませる私だったが、カナはそんなことはお構いなしに、両手で私の腕を丹念に弄んだ。そして、片方の手が私の手を捉え、指先同士を絡めてくる。

 朝出かけたときを思い出す恋人繋ぎ。けれどカナの方から求めてきたそれは、朝よりも深く、相手の手を自分の内に取り込んでしまおうとするかのようだ。

 私はもう動けない。カナは終始笑みを浮かべたまま、私に熱い視線を注いだままで、囁いた。

「お互いのこと、ちゃんと捕まえておけ、って」

「彼らしいね」

 呆れた口調で大河内さんが呟く。でもその声は、私の耳を素通りしていく。

 カナの言葉はまるで、私に向けられたものであったかのように、耳朶に張りついて離れようとはしなかった。耳元で何度も甘く囁かれる錯覚に捕らわれた私は、しばらくぼんやりとしたまま動けなかった。

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