心臓がうるさい

 心臓がうるさい。

 さっきからずっと、無駄に強く胸を叩く鼓動が痛くて仕方ない。手で押さえようと思って力を込めた左手は動かず、そこで今更のように、カナと手を繋いでいることを思い出した。

 掌は冷や汗で濡れていた。カナはそんなことを気にもせず、私の手を握っていてくれる。その温もりがとても心地よくて、その感触だけが、宙に浮いて崩れてしまいそうな私の意識を留めていてくれた。

 電車の中にはレールの音が満たされていて、それを聞く者は私たち以外に誰もいない。初めはまばらに客の乗っていたこの車両も、今や私たちしかいない。

 ここまで来るのに、思ったよりも時間がかかってしまった。

 正樹たちと別れた後、私たちは、荷物に紛れ込ませていた私服に着替えていた。どちらも地味なロングシャツと、私はロングパンツ、カナはロングスカートの出で立ち。二人とも髪を纏めてキャップを被り、さらに私は眼鏡を外し、逆にカナは伊達眼鏡をかけていた。

 それでも、ハカタ駅で生徒たちの動向に目を光らせている先生たちに気づいた私たちは、そこでの乗車を断念し、一駅分歩くことにした。

 普通電車に乗ってハカタ駅まで戻り、改札を出ることなく特急電車に乗り換え。見つかる不安がなかったとは言わないが、流石に改札の内側まで監視の目は届いていないだろうという予想は的中した。それでも、想定より出遅れたことは間違いない。今車窓から覗く風景は、少しずつその明るさを減じていた。

 そのとき、社内にアナウンスが流れた。「間もなく、ウツロ大橋、ウツロ大橋」。ぴくりとカナの指が震えた。私も同時に、カナの手を強く握っていた。

 どちらからともなく、私たちは顔を見合わせ、頷き合う。電車が減速し、やがて停車する。開いたドアから、私たちはホームに降り立った。

 手を繋いだまま、走り去る電車を見送った。電車の駆動音とレールの音が次第に遠ざかる。

 風が草木を薙ぐ音がした。遠くからは潮騒が、鳥の鳴き声が、静かながらも存在を主張してくる。だけど、それらはほとんど、私の耳を素通りしていった。

 きっと、耳をすませば心を落ち着けてくれる音色だったのだろうけど、それよりずっと強い音に、耳を支配されていたから。

「サラ」

「うん」

 相槌を打って歩き出す。あと少し。駅のすぐ傍にあるというバス停までは、行かなくてはいけない。事前に頭に叩き込んでおいた知識に従って、身体が勝手に動き出す。ちゃんと考えて動けるような余裕はなかった。そんな余裕がなくなるほど強い音に、耳を支配されていたから。

 心臓がうるさい。

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