第16話

「騙されたぁー!」

 翌朝、ドラゴン討伐に山を散策したトールが、黄金の錫杖を前方に構え絶叫する。


ドラゴンって死竜ドラゴンゾンビじゃねーかぁー!」


 岩鬼人トロールにもどった身体が半透明な球体に包まれ、死竜の放つ闇色の炎から守っている。

 錫杖形態でのみ発動する防御魔術だ。


「いまさ文句を言ってもしかたあるまい。

 彼らの言った特徴に間違いはない。

 赤く、でかく、凶暴。

 勘違いをしたのはおまえだトール」


 山間に立ちふさがる死竜ドラゴンゾンビの双眸は闇色に染まり、牙も抜かれほとんど残っていなかった。

 眉間を大きく割られたその死竜ドラゴンゾンビは、数日前にレーヴェストが葬ったものであった。

 それが死体のまま生者への恨みを晴らすべく動いている。


「牙も抜かれてるじゃお宝にならねーよ。

 しかもすでに死んでるから急所とか弱点とか関係ねーし。

 問答無用で全力攻撃かましてくるし、こんなデカくて硬いもん動かなくなるまで徹底破壊とか、ひたすら重労働じゃねーか」


「文句ばかり言わず、攻撃をしろ」


 一角獣姿のスミが魔法の光であたりを照らすと、死竜の身体が崩れ動きが鈍る。


 しかし、全体を崩壊させるほどではなかった。

 死んで間もない竜の身体は腐敗の進行が遅く、浄化の魔法の効果が低い。


「ぴっぴぴぴ~。

 死竜とは強い恨みを残して死んだ竜の死体が動き出したもの。

 不死アンデットとしては低級な存在でも、もとの肉体と魔力が強力なため恐ろしい力をもつ。

 また材料さえ揃えば、魔法あるいは魔術による創造も可能」


 木の陰に隠れたピキが解説をする。


「んなことはわかってるって」

 言いながらも、トールは死竜に有効な魔具を選別し取りだす。


「てけてけってってって~ん。

 『魔弓銃マジックボウガン』&『転移弾テレポートブリット』。これでもくらえ!」


 ズボンから取り出した、ボウガンに黒色の玉をセットし、死竜ドラゴンゾンビへ向けて撃ち出す。

 こぶし大の球体は死竜ドラゴンゾンビの胴体に着弾すると、その肉を大きくえぐり異空間へと転送する。


「どうだ!?」

 えぐられた範囲は、人間の身体ならば半分は消失していたろう。

 だが、極大の死竜ドラゴンゾンビの身体からすれば、それはほんの一部部分でしかなかった。


「だー、範囲が小せー。

 つうか、この死竜ドラゴンゾンビデカすぎんだろ」


 魔具が思ったほどの効果を上げず、トールが愚痴をこぼす。


「しかし、効果はあるようだ。何発も打ち込めばいけるな」


 死竜の攻撃をかわしながらスミが言う。


「バッ~ト、弾が一発しかねーんだよ。

 さっきの弾を使い直すのにも三〇分はかかる」


「つっかえな~い」

「うっせい。

 こうなったら弱点なんてカンケーねー、接近戦だ」


 トールは連射の利かない武器をしまうと、錫杖を金棒へと変形させる。


 無闇に暴れ回る死竜ドラゴンゾンビの死角から回り込み、いっきに殴りかかる。


「殴る殴る殴る殴る防ぐ!

 殴る殴る殴る殴る防ぐ!」


 トールが死竜へと攻撃と回避ヒットアンドウェイを繰り返すと、鱗が砕け肉が削れていく。

 だが、それでも巨体の一部でしかなく、痛みを知らぬ死体は動きを鈍らせることはない。


「しつけー。

 だいたい誰だよこんなとこに竜の死体を放置したやつは!」


 しだいに時間が経過し日が落ちていく。

 あたりが暗くなるにつれ、死竜ドラゴンゾンビの力が活発化していく。

 トールも夜を好む岩鬼人トロールの身体をもっているが、闇との相性は動く死体には及ばない。


 振り下ろされる死竜ドラゴンゾンビの前足をかわすトール。

 だが、その威力が大きすぎたために足元が崩れた。

 バランスを崩したトールに、太い尾による追撃が飛んでくる。


「ずびゃっがぁ!」

 死竜ドラゴンゾンビの尾は近くの巨木もろともトールの身体を打ち付けた。


 全身を強打されたトールが大量の血を吐く。

 だが、それでも命に別状はなく、それどころかスミが回復魔法を使うよりも早く再生した。


「すご~い。それも魔法?」

 観戦していたピキがトールの回復力に驚きながらも感心する。


「トールの回復力も魔力の影響を受けているから、魔法の一種と言えるだろうな。

 だが、通常の魔法ほど自由に扱うことはできはしない」


「見てないで、おまえもちったぁ手伝え」

 隠れているだけのピキにトールが文句を言う。


「マスコットは戦闘には参加しないものなのだ~」

 もともと戦力になると期待してなかったので、すぐに死竜ドラゴンゾンビに意識をもどす。


「この腐れドラゴンめ、頭きた。

 こうなりゃとことん破壊してやんぜ。

 そんでもって、てめーの肉で素敵にステーキ祭りだ!」


 そう宣言すると、ズボンから鍵型の魔具を取り出し掲げる。


「鍵よ、虚空の封印を解け」


 鍵は命令語に従うように浮かび上がると空中に扉を出現させた。

 そして、鍵穴にゆっくりさしこまれ、回転すると錠が開く音がし、両開きの扉が開かれる。


「王命に応えろ我が流血の騎士!

 万槍を使いて敵を討ち滅ぼせ」


 トールが長い命令語を唱え終わると、扉から月光を反射する水晶クリスタルの騎士たちが現れる。


「喰らえっ『血まみれの騎士団ブラッディーナイツ』!」


 長槍に大盾と甲冑で身を固めた生命なき騎士たちが、一糸乱れぬ隊列を組み死竜ドラゴンゾンビに向かい突撃を開始する。


 勢いよく突き出された長槍が竜の鱗を突き破る。

 死竜ドラゴンゾンビの巨大からすればその傷は小さなものだった。

 だが、その数が多く、たちまち小さな傷が重なり合い、大きな傷へと押し広げていく。


 死竜ドラゴンゾンビは爪と尾を振るい、水晶の騎士たちを破壊する。

 破壊された騎士は粉々に砕けると光となって消えた。


 だが、際限なく現れる騎士たちに、さすがの死竜もついには押し切られる。

 鱗を剥がされ、肉をちぎられ、骨を砕かれる。

 そして、とうとう完全に動かなくなった。


「はははっ、みたかオデ様を怒らすとこうなるんだ」


 完全に活動停止した死竜ドラゴンゾンビを前にトールが勝ち誇る。


岩鬼人トロールのおじさん、すっごーい」

「あー、しかし疲れたな」


 召喚した水晶の騎士たちを消すとトールはその場に座り込む。


「あれ、魔具って魔力使わないんでしょ?」

「ほとんど使わないだけであって、まったく使わないわけじゃねー。

 でもって、オデ様の魔力でもこれをやるには疲れる。もうちょっと月が丸ければ別だけれどな」


「へー」

 ピキはそのことを聞きながら別のことを考えていた。


「(魔力が減ってるなら、ひょっとしておじさんの回復力も落ちてるのかな?)」

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