第15話

「ぴっぴぴぴ~。

 どーしておいてくんだよー。

 もうピキはプンプンおこおこ丸なんだからね!」


 街を遠く離れ、村の酒場でトールとスミに追いついたピキが文句を言う。


 そこは山間部にある村でハズーへ向かう途中に立ち寄ったのだった。

 結局、トールとスミはピキの質問に答えず、逃げ出すように街をあとにしたのだ。


 レーヴェストの所在さえ知れれば、無理にピキの機嫌をとる必要も、危険な情報を外部に流す必要もなかった。


「よくオデ様たちの足に追いついたな。そのちっこい身体で」

「ピキをバカにしないの。

 魔女なんだから! 魔女はすっごいんだからー!」


「はいはい、すごいすごい。

 じゃ、そういうことで」

 そう言って、ピキを残して、再び酒場から立ち去ろうとする。


「だからー、ピキをなんで無視すんだよー」

「いや、だってよー」


「ピキはお兄ちゃんたちの言うこと聞いたのに、ひどいよひどいよ!」

 涙を浮かべ抗議する。


「生憎と泣き落としは効かねーぞ」


 周りから白い目を向けられてもトールは平然としている。

 スミとしても、多くの人間を危険に巻き込みかねない情報をピキに渡すことはできなかった。


 それはピキの情報を集める能力は、逆に情報を流出させる危険をはらんでいる。そのことを警戒したのだ。


「だいたい『魔王召喚ロスト・パラダイス』なんてあるわけないだろ。

 魔王ってあれか、黒い羽と尻尾が生えてて、頭には角でも生てるのか」


 トールが諭すように言うが、それをピキは認めなかった。


「嘘、『魔王召喚』の魔術は実在するもん。

 術式の組み方こそわかってないけど、存在はちゃんと証明されてるんだから。

 一〇〇年前に現れた天まで届く塔。

 生贄となり消えた人々。

 突如発生した異界の森。

 それらは通常の魔法や魔術じゃ起こせるものじゃない。

 より巨大な魔力が動いた証拠だよ」


「それじゃ、仮にその魔術があったとして、おまえは世界征服でもするつもりか?

 その魔王とやらに頼んで」


 トールは席に着き直すと、欠伸をかきながら会話する。


「そうじゃないよ。

 魔王召喚ロスト・パラダイスについてはいくつか推論が立ってるんだ。

 もう一〇〇年も前の魔術だからね」


「一〇〇年前の魔術なんて、すでに途絶えちまってるだろ。

 そもそも誰も知らないんだし」


「逆だよ、普通の魔術だったらそうかもしれないけど、魔王召喚ロスト・パラダイスについては今もなお、検証できる情報がたくさんあるもん。

 吟遊詩人の伝える歌は眉唾ものだけど、歴史の書物や灰色の森グレイフォレストっていう確かな物証も残ってる。

 だから、歴史家や魔術師たちがその痕跡から魔王召喚ロスト・パラダイスについて推測して、それが本当に正しいか調べてるんだ」


 その話は森に籠もっていたトールたちにとって初耳だった。


「それはおまえ個人の見解か?

 それとも多くの人間が知っていることなのか?」


 気になったスミが話に入り込む。


「教えるかわりに、そっちも魔王召喚ロスト・パラダイスについて教えてよ。灰色の森に住んでるんでしょ?」


 そこで沈黙する。

 だが、その沈黙は何か知っていると言っているも同然だった。


 それに気付いたピキはスミに自分の手にした情報を公開する。

 スミの反応で情報の真偽を確かめようというのだ。

 食わせ者のトールよりも、スミのほうが与しやすいとの判断がそうさせた。


魔王召喚ロスト・パラダイスはその名前に反して、なにか特定の人物や魔物を召喚するものじゃないよね?

 魔王とは魔術であつめた魔力を召喚した術士が取り込んだ状態のこと。

 あまりに大きな魔力ゆえに、術式を成功させたものは魔王と呼べるほどの力が得られる。

 だから、魔王創造と呼んだほうが正確。ちがう?」


 スミは目を逸らしたまま、肯定も否定もしない。


「だいたい、強欲王がその魔術に取り組んだのだって、強いていえば国を栄えさせる為だっていうし、それが国をめちゃくちゃにしちゃようような破壊の力であるわけがないんだよ。

 そもそも、自分の力を頼みにしていた強欲王が他者を召喚して頼み事なんてらしくないじゃないか」


「まぁ、たしかにそうかもな」

 トールが鼻くそをほじりながら、曖昧に同意する。


「では、その魔術が大規模な魔力を集めるものだとして、おまえはそれをどうしようというのだ。

 おまえは既に人間でありながら魔法を使えるのだろう?

 ならば必要ないのではないか。

 それ以上をもとめてなにをしようというのだ」


 大きな魔力など不要だとスミが諭す。


「あのね、ピキは今は魔女だけど、もうすぐ魔女じゃなくなっちゃうの」

「(いまでも魔じゃねーだろ)」


 皿に載せられた肉をつつきながらトールが内心でツッコム。


「どういうことだ?」

「ピキはおちんちん生えてるけど、心は女の子だから今は魔力も豊富で魔法が使えるんだって。

 でも大きくなると、男の子の身体が心も男にしちゃうから魔女じゃいられなくなっちゃうの」


「(女が必ず魔女ってわけじゃないが、たしかに男よりは女の方が魔力をもってることが多いわな)」


 トールは空になった肉の皿を物足りなそうに眺める。

 追加の皿を注文したかったが、物資の少ない村では、それが最後の肉であるとすでに店主から伝えられている。


「それで成長するにつれ、心まで身体の影響を受けるというわけか」


 スミがピキの言葉をまとめる。


「うん。だから、ピキは魔女であるうちに、より多くの魔力を蓄えておきたいの。

 男になって魔女じゃなくなっても、その魔力でまた魔女に戻れるように」


「(そのための手法を求めて、森の住人であるオデ様たちから情報を引き出そうとしてるわけか)」


 トールはピキが彼らに接触した理由を、そう推測する。


「だが、おまえも一〇〇年前にそれが行われた結果を知っているのだろう」


「うん、でもピキなら大丈夫。

 荒れ地を森に変えるほどの魔力を集めたいわけじゃないから。

 ピキひとりを魔女でいるのに必要なだけな魔力をちょこっと補給するだけだから」


 スミがあきらめろと言って聞かせるが、ピキは納得しない。


「一〇〇年前のかっこいい王様もそう考えただろうよ。

 自分が失敗するわけがないって。

 だが、どれだけ入念に準備を進めようとも、予想外のことは起きるもんなんだよ」


 意地汚く皿を舐めながら、トールがそこで口をはさんだ。


「ピキが聞きたいのは成功するとか失敗するなんて話じゃないの。

 魔術儀式についてだよ!

 ピキの魔法が使えなくなる前に、絶対絶対魔力の供給源を作っておくんだから!」

「…………」


「教えてよ、教えてよ、教えてよー!」

 床に転がり、小さな子どもの癇癪のようにパンツ丸出しで手足をばたつかせる。


「あの、よろしいでしょうか?」

 騒ぎ立てるピキをチラチラとみていた村人のひとりが、恐る恐るスミに話しかける。


「すまんな、少々騒ぎすぎたようだ」

「いえ、そうでなくて……旅のかたは騎士様でしょうか?」


 剣と鎧を装備したスミの姿は、村人からすれば騎士のいでたちそのものだった。

 恵まれた体格はいかにも屈強そうである。


「生憎と仕えるあるじを持たぬ私は騎士ではない」


 そう生真面目に応える。

 だが、村人はなんとか相談にのってもらおうと、話を続けようとした。


「その聞いていただきたい、話があるのですが……」

「却下」


 村人の頼み事を打ち明けるよりも先にトールがそれを遮った。


「どうせ、村が魔物に襲われてるから、なんとかしろって話だろ。

 オデ様たちは先を急いでんだ。

 報酬も期待できないような、しなびた村の魔物退治なんてやってられるか。

 貧乏人は死ね。それが嫌なら強くなれ、オデ様のようにな」


 トールの言葉で気落ちした村人を気の毒に思い、スミが代わりに声をかける。


「それで、いったいなにが起きているんだ?」

「おい、スミ」


「どのみち、今夜はここへ泊まるのだ、話を聞くくらいは問題あるまい」


 先を急いでいるのは彼も同じだが、だからといって困っている人間を見捨てるのも忍ばれる。

 頼みを引き受けるかは別として、話を聞くことでなにか助言ができるのではと考えたのだ。


「そちらの方がおっしゃったとおりで、村の近くで恐ろしい魔物が暴れていまして、難儀しているのです」


 トールが「それみたことか」という顔でスミをみる。


「それでその魔物というのはどんなものだ」

 村人には脅威であっても、大抵の魔物はスミたちの脅威にはならない。

 問題はその魔物の強さではなく、捜すのにどれだけ手間隙がかかるかというところだ。


 広大な山を移動する魔物一匹を探すのは面倒なことこの上ない。

 仮に相手が野生動物であったとしても、生きるために必死に知恵を巡らせているのだ。

 そういう相手を見つけ、追い詰めるのは容易なことではない。


「それが、おおきくて、紅くて首の長いトカゲのようなんですが……とにかく大きくて……」


ドラゴンか!?」

 予想外の大物に、トールが椅子から立ち上がり興味を示す。


「名前は私たちにはわかりかねますが、家よりも大きな魔物で、みな村から出られずに難儀しているしだいです。

 このままでは村そのものが襲われかねません」


「竜かぁ、そりゃおまえらも困ったろう。

 相手が竜じゃ、並の連中じゃ倒せないな。

 仕方ない、この竜殺しドラゴンスレイヤーたるオデ様が出張ってやろう」


 先程まで話を聞くことすら拒んでいたトールが主張を反転させた。


「本当ですか!?」


「どうしたのおじさん急に?」

 喜ぶ村人をよそに、トールの変わり身にピキが目を不思議そうな顔をする。


「竜の持つ財宝が目当てなのだろう」

 呆れるスミを気にせず、トールのやる気は充実し、村人にどうやって竜を倒すのか秘蔵の魔具をとりだし説明をはじめる。


「赤い鱗をもった竜ってのは炎を吐く火竜だ。

 だから、この火除けの呪札を身体につけておけば炎を防げる。

 あとはこっちの『樹氷の槍アイスランス』をつかって攻撃すりゃ楽勝よ」


 必勝法の説明に村人が感嘆の声をあげる。

 そんなトールを尻目に、スミはピキに説明する。


「トールは竜狩りを趣味にしていた時期もあったからな。

 昔の血が騒いでいるのだろう」


 すっかりやる気になったトールに、スミは止めることをあきらめる。

 アヴェニールも心配だが、竜ほど強力な魔物を村の近くで放っておくこともできない。

 それに魔力が強く巨体を有する竜ならば捜索にさほど時間はかからぬだろうという計算もあった。


「はははっ、罪なき人々を困らす邪竜め待っているがいい。

 このトール様が成敗してくれるわ、がははははっ!」

 日の暮れた酒場にトールの高笑いが響いたのだった。

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