第4話
「犯人は私だ」
翌朝、目覚めたアヴェニールにスミがそう告白した。
「あの……なんの犯人なんでしょう?」
唐突なスミの言葉に、アヴェニールは困惑を隠せない。
「昨晩、きみが寝付いてからトールと一悶着あってな。キミが気にする必要はないが、一応説明はしておこうと思ったんだ」
「はぁ」
トールがいないことを察しながら、アヴェニールは生返事をする。
目の見えぬ彼女には、隣の部屋でトールが血を流して倒れていることに気づいていない。
「さて、私はこれからまた森の見回りにでる」
「いってらっしゃいませ。気をつけてくださいね」
その声にこもる力はとても弱かった。
その様子をみたスミがアヴェニールに誘いをかける。
「どうだいアヴェニール。
キミも一緒について来ないか?」
「えっ、でも。私が付いて行っては足手まといに……」
「なに、きみが歩く必要はない。
私の背中が不服というのならば別だがな」
「そんなことはありません。
でも、そんなことをしたら、こんどはスミさんが……」
「不満がないのならば決まりだ。
安心したまえ、私はトールよりは紳士だ」
自らを恐れるアヴェニールに、スミが強引に話を進める。
「それって比較対象があてにならないような……」
呟くアヴェニールの言葉を無視し、スミは
「しっかりと掴まっていたまえ」
突然の出来事にアヴェニールはあわててスミにしがみつく。
「こんな…駄目です。スミさんまで酷い目に……」
そう言いながらも、恐ろしくて掴んだたてがみを離すことはできない。
「しっかり掴まっていないと落ちるぞ」
方角を確認し、走り出すスミにバランスを崩しかけたアヴェニールはより強くしがみつく。
アヴェニールを乗せたスミは一陣の風となり、彩度のない木々の間を颯爽と駆け抜ける。
アヴェニールは初めて体験するスピードに恐怖を覚える。
だが、しがみついたスミの身体の熱が徐々に彼女を安心させていった。
次第に道の体験に心を弾ませるようになる。
「(すごい。もしいま、目を開けることができたならどんな世界が見えるんだろう)」
忘れていた願いが彼女の脳裏に浮かび上がる。
なぜ自分は目も見えず、人に触れることもできないのだろうか。
子どもの頃はそれをもどかしく思い泣いたこともあった。
けれど、成長し父親の仕事を手伝うようになってからは、そんなことを考えることはなくなっていた。
「でも……」
「なにか言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
呟きを聞かれたスミにあわててアヴェニールはごまかす。
幼い頃は不満がたくさんあった。
それでも、みなやさしくしてくれていた。
今だって、スミは人間ではないけれど優しい。
トールだって嫌なところがたくさんあるものの、不幸を振りまく自分に自然に接してくれる。
「(人を不幸にするから、自分も不幸だと思っていた。
でもこうしてスミさんの背中で風を感じているこの瞬間だけをみれば、きっと私は誰よりも幸福だ。
いままで大変なことがたくさんあったけれど、どこかでその帳尻は合うようになっているのかもしれない)」
スミのたてがみに顔を埋め、意外と柔らかいその感触をアヴェニールは味わっていた。
「さて、着いたぞ。大丈夫か?」
スミの背中から降ろされた、アヴェニールは地面にへたり込んでしまう。
「スミさん激しすぎます」
「そうだったかスマン。
初めてで加減がわからなかったのだ」
「あんまり紳士でないのは、よ~っくわかりました。
ちゃんとトールよりはマシでしたけど」
謝罪するスミにアヴェニールはイタズラっぽく言う。
「むっ」
「紳士じゃないっていうか、不器用なんですよね。
まるで無骨な騎士様みたい」
その評価にスミがうめく。
その反応をおかしそうにふたたびアヴェニールが笑う。
「あっ、花の匂い……」
そこは微かに花の香りがする場所だった。
「昨日、見回ったときにみつけてな。
本来ならもっと暖かくならなければ、花をつけない木なんだが、珍しくすでに咲いていてな」
そこには灰色の森にあっては珍しい、淡い桃色の花を咲かせる木がたっていた。
桜に似た小さな花弁が、風に揺れるたびに散っていく。
その一枚がアヴェニールの頬に触れる。
花を目で見ることはできないが、その匂いだけでも少女の心を和ませた。
「ありがとうございます」
スミが落ち込んでいる自分のために、命の危険を冒してまでつれてきたのだ。
その心遣いはとても嬉しかった。
だが、同時に自分のために危ないマネをして欲しくはないと複雑に思う。
しかし、そんなアヴェニールを余所に、催しは終わっていないとスミが告げる。
「まだ礼をいうには早いな」
そう言うと、スミは魔法を発動させる。
幻獣であるスミは、道具も呪文の詠唱も必要なく魔法と言う名の不思議な現象を起こすことができる。
すると、アヴェニールの脳裏に満開の花が風にゆられ、散り逝く光景が写った。
「これは!?」
驚きのあまり声を上げる。
そんな彼女にスミは何が起こっているのかを説明する。
「本来は、遠くにいる相手に見たものを伝える魔法なのだが、上手くいったようだな」
「すごい、これが花、これが見えるってことなんですね。
すごいすごい、こういう時は『キレイ』って言えばいいんですよね!?」
初めて使う言葉に少女は心を躍らせる。
そして何度も『キレイ』とその言葉を楽しむように繰り返す。
「どうやら、お気に召してもらえたようだな」
「はい、とっても……。
でも、どうしてこんなによくしてくれるんですか?」
少女の疑問は自然と口から吐き出された。
「ん? そうだな」
当然のことをしたと思っていたスミだが、問われたことでどうして自分がアヴェニールを気に掛けるのか考えてみた。
自分は何故少女を背中に乗せ、ガラにもなく花など見に来たのかという理由を。
その理由はいつまでもみつからなかった。
応えを待つ少女の顔を見下ろすと、悪友の醜い顔が思い浮かんだ。
すると当然のように理由も思い当たり、その内容に思わず苦笑してしまう。
「私は意外と負けず嫌いなんだよ」
「どういう意味ですか?」
スミの答えを理解できないアヴェニールは首を傾げ、改めて問いかける。
「昨晩、キミの『触れた者を不幸にする体質』をトールは否定した。
それには私も同感だった。
だが、ヤツはそれだけでなく、躊躇なく自分の命をかけて確認したんだ。
キミに呪いなんてかかっていないということを。
それで自らの安全を考え、キミに触れられなかった私は、少しだけヤツに負けた気になったのさ。
要するに自分のタメだな」
トールの実験の結末は、あまりにも馬鹿らしいので伏せておいた。
「そんなことで命をかけるなんて……」
「触れるだけで不幸になるというのも信じがたいが、仮に本物だったとしても、トールは三度…いや、四度生き残っている。
ならば、私にだって耐えられないハズはない。
そもそもどの件もあいつの不注意が原因だ。
ならば私にあいつのような目にあうハズがない」
それを聞いたアヴェニールが屈託なく笑う。
「意外と子どもっぽいところがあるんですね」
「そうだろうか?」
その評価を少々不服そうに受け止める。
「はい、きっとトールと一緒なせいで普段は気付かないんでしょうけど、そういうところはなんだか男の子っぽいです」
「むっ、男とはそういう生き物なのだ」
「そういう言い訳の仕方も男の子っぽいです」
顔をしかめたスミであったが、イタズラっぽく笑うアヴェニールにつられて笑いはじめる。
笑い合う二人の間を抜ける風が、不意にその向きを変えた。
「あっ」
その風が運んできたものに、アヴェニールの顔から笑みが消え緊張が走る。
「どうした?」
「臭いが……、なにか嫌な臭いがします」
指摘されスミも鼻をあげるとその異臭に気がついた。
「これは……。アヴェニール、キミはそこで待っていたまえ」
指示を残し、スミは白い馬体を踊らせ木の根元へと向かう。
そこには人間の死体があった。
髪が長いことと服装から察するに死体は女のものだと思われた。
数本の矢と木の根が身体に刺さっており、すでに干からびている。
どこかで小鬼に襲われ、ここで力尽きたのちに養分とされたのだろう。
近くにはふたり分の荷物が荒らされたあとがある。小鬼が食料をあさりもっていったのだろう。
衣服などは散らかりながらも残されていた。
スミは短く黙祷を捧げると、簡単に荷物をまとめアヴェニールの元へともどる。
そして、言葉を選びゆっくりとアヴェニールへと告げた。
「長い金髪の女が倒れていたが、すでに息はなかった。
荷物はふたり分あったが、他に倒れている者はいない」
むごたらしい死に様にはあえて触れぬ。
「金髪…そんな……やっぱりトモも……」
閉じられた目から涙があふれる。
「私のせいで……、あんなに尽くしてくれたトモまでも殺してしまうなんて。
やっぱり私に触れると不幸になるんだ」
泣きじゃくり、アヴェニールは走り出そうとする。杖も持たぬ少女は木の根に足をとられ、すぐにバランスを失う。
とっさにスミが彼女を抱きとめた。
荷物をその場に落とし、二本の腕でしっかりと彼女を抱きしめる。
「何人たりとも、死者を生き返らすことは叶わない。
同じようにきみがいままでに負った心の傷を癒やすことができる者もいないだろう。
だが、ここにいる限り、私がきみを守ることを約束しよう。
私は決して死なないし、キミを傷つけたりもしない。
だから、これ以上泣く必要はない」
偽りのない力強い言葉を少女にかける。
それは愛の告白ではなかった。
弱き者を守護しようという、彼の本質があらわになった言動である。
それを聞いたアヴェニールは、突然のことに何も口にはできなかった。
自分を覆うように抱きしめる熱い手の持ち主が誰かさえもわからない。
「スミさん…あなたはいったい……」
「私は……」
少女に自らの秘密を打ち明けるべきか躊躇する。
だが、スミが続きの言葉を告げるよりも先に、何かが飛来し、スミの頭部を襲った。
ゴンッ!
そんな音が聞こえたとたん、彼女を抱きしめていた手も離れる。
バタッ
「ス、スミさん!?」
慌てるアヴェニールだが、意識を失ったスミの返事はない。
「このロリコーン、人の目を盗んでなにしとんじゃ!」
その場に現れた
のちにスミは語る。
夢の中で花畑に囲まれた川を渡りそうになったと。
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