第305話 バトルオブアルキエルモ⑤

 背丈ほどはあろうかという逆反りの剣と、リングフラウ並みの大型船が使うであろう巨大な錨が激しく、滑るように打ち合わされて火花を散らす。

 相手はキメラリア最強と呼ばれるキムンの毛有。その実力は本物らしく、彼女は含み笑いを浮かべながら、ミカヅキを受け流してみせた。


「へぇ……想像以上にいい太刀筋してるね。ただの毛無じゃないとは思ってたけどさ、ケットにしたって力も強いしっ!」


 果たしてどれほどの重さがあるのかわからない鉄塊が、まるで片手剣でも握っているかのように振り回され、ぶつかった硬い地面が派手に土塊が巻き上げる。

 だがそれだけだ。力任せに振るわれるだけならば恐れることも無い。

 ただ、土煙に巻かれるのは鬱陶しく、ボクは宙返りしながら大きく後ろへ跳んで間合いをとった。


「キムンが剣技を語りますか。まぁ、ボクも人のことは言えませんけど」


「剣技なんて大層なもんじゃないよぉ。オレはただ戦いを楽しくするために、色んな奴のやり方を真似してるだけだしさ」


 熊女は錨をぐるりと肩に回すと、照れたような笑顔を浮かべる。そこに命の取り合いをしている緊迫感はない。

 それは挑発と言うより、単純に余裕を見せつけたかっただけなのだろう。

 とはいえ、それはキムンだけの特権という訳でもないため、ボクは真似するようにわざとらしく鼻を鳴らしてやった。


「ふぅん? 随分自信ありげに語ってますけど、飛び道具はミクスチャで押さえつけとかないと戦えないとか、それだけで笑っちゃいますね」


「いやそれはそうでしょ! 弓矢くらいならどうでもいいけど、古代の奴は反則だと思わない? オレは力比べがしたいだけなのに、あんなのバンバン撃たれたら戦士として戦えないじゃんか!」


「楽しむとか言っときながら、自分が死ぬのが怖いんですか? それなら戦場になんて出てこないで、どこかに隠れて震えてる方が賢いと思いますよ」


「きびしーこと言うなぁ。ママでももっと優しいぞ」


 毛深い腕脚を持つ大柄な熊女は、何か諦めたような表情で肩を竦める。だが、呆れたくなるのはこっちだ。

 最早何か言い返してやろうという気すら起こらない。強いて言葉を作るとしたら、知るかボケ、である。

 そんな感情を刃に乗せて、ボクは再び足の裏で強く地面を蹴った。

 勢いを乗せて振り下ろした一閃。それを熊女は錨を振り上げる形で真正面から迎え撃った。


「シャァァァァァァァァッ!!」


「くふっ! いいねいいね! やっぱり戦はこうじゃないと!」


 頭の上で、腹の横で、足元で、刃と鈍器が何度も何度もぶつかり合う。

 重い武器を振っているとは思えない速度の応酬。

 短い呼吸が口の中へ砂を運び、瞬きできない目はあっという間に乾いていく。それでも一瞬止まれば、待っているのは単純な死だ。


 ――咽が熱い。胸の奥が痛い。それなのに。


 柄から伝わってくる刃が流れていく感覚に、ボクは小さく舌を鳴らす。

 錨という武器ならぬ武器の特徴なのか。あるいは、ミカヅキとまともに打ち合えば、鉄塊が両断されることをキムンが理解しているからか。防御を突破できる手応えが無いことに苛立ちが押し寄せてくる。

 挙句、自らの呼吸が乱れていくのを感じる中、一切崩れぬ悠然たる立ち姿を熊女が見せてくるのだから、苛立ちが胸を駆けあがってくるようだった。

 種族毎に異なる地力の差。毛無と毛有の違い。あるいは戦士としての技量。

 理由がなんであれ、気に食わないことに変わりはない。だからこそ、ボクは斬撃の度に更なる力を込めていく。

 それら全てが受け流せるはずもない。やがて重なった一閃は、鈍い音を立てて弾き合った。


「ッぅ~……! ほんっと、ケットとは思えない力だねぇ。しかもオレの錨がこんな傷だらけになるなんて、その剣何でできてんのさ?」


「余裕そうな顔して……はぁっ……ムカつきますね。聞きたいのは、こっち、ですよ」


「あぁこれ? ルイスが集めてた遺物の1つを借りてるのさ。溶けも削れも曲がりもしない神代の金属でできた錨、っていう触れ込みだったんだけどねぇ」


「フー……ボクのも、似たような物ってだけ言っときます――よっ!」


「っとと!? ちょっと、ズルいぞ! 教えてくれてもいいじゃんかケチィー!」

 

 熊女の叫びを鼻で笑って聞き流す。何せボクは、そっちが喋れば教えてやる、なんて一言も言っていないのだ。

 ただ、それは自分を誤魔化すための軽口に過ぎない。

 痺れる手。乱れる息。体からはどんどん余裕が奪われる

 しかも、少々悔しい思いをしたからか、あるいは武器の秘密が失われたからか。今まで技術を見せつけるように流麗だったキムンは、戦い方をあからさまに荒々しく変えてきた。

 受け止める度に腕足が悲鳴を上げ、鼓動が喧しく胸を叩く。

 キムンの余裕はわからない。ただ、ボクにとっては根競べとでも言うべき状況であり、その時間は永遠にさえ思えていた。

 それを遮ったのは、近くで響いたリュウダンホウのような音である。


『わぁぁぁぁぁッ!?』


『ッ――今の、何かが爆発を……!?』


 れしぃばぁの奥から、ガガガガという地面を削るような音と、シューニャたちの混乱した声が聞こえてくる。

 何が起こったのかなんてすぐにはわからない。だが、視界の片隅に動きを止めた玉匣が見えた時、ボクは体の芯が一瞬で凍りついたような感覚に襲われた。


「シューニャ!? すぐ助けに――くッ!?」


 熊女から視線を外したのは一瞬。ただそれだけで、ボクは振り下ろされた錨をミカヅキの腹で受け止めなければならなかった。

 それでも、古代技術で作られた剣は砕けず折れず、逆に衝撃の全てを余すことなく伝えてきて、噛み締めた奥歯越しに低い呻きが勝手に漏れ出てくる。


「ダメダメぇ、よそ見してたら死ぬよぉ?」


「ふぐぅゥゥゥゥ……! 何を、してくれやがったんですか……!?」


「あーあ、いけない子たちだなぁ。化物だろうと死体は丁重に扱わなきゃ、ラジアータの逆鱗に触れちゃうぞー、ってね。くふふ」


「こんの――んがぁあああッ!」


 息が上がっても気にするものかと、ボクは吐き出せるだけの気迫を口から迸らせて、重い錨を全力で跳ね除けてみせた。

 しかし、キムンは全く動じた様子もない。それどころか、弾かれた錨をすぐさま握りなおすと、余裕の含み笑いを崩さないまま再び猛撃を再開した。


「ほーらほら、早く行かないとお仲間がミクスチャに押しつぶされちゃうかもよぉ?」


「あぁもう、鬱陶しいですねぇッ! さっさと、死んで、ください、よッ!」


 さっきの全力で呼吸は一層荒くなり、激しく脈打つ胸は張り裂けそうな程に痛む。

 それでも、ボクは何とかキムンを押しのけようと、必死で刃を叩きつけるしかなかった。


 ――諦めない。絶対、守ってみせます、から!



 ■



 キカンジュウにしがみ付いていた自分は、小さく咳き込みながら顔を上げた。

 体を震わせれば、肩や頭から土が降ってくる。耳鳴りが酷く視界もぼやけているが、どうやら死んではいないらしい。

 景色も音も、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。その中でふと、耳鳴りに声が混ざった気がした。


『――ニア……ロニア……! 返……して!』


 ザリザリという音が混ざったシューニャの声。それも扉越しに聞いているように霞んでいたが、切迫した雰囲気だけはハッキリと伝わってきて、自分は胸のれしぃばぁに手を当てた。


「シューニャ……何が起こったッスか……?」


『アポロ姉ちゃん! めがさめた!?』


『アポロニア、怪我はしていない!?』


「さぁ、どうッスかねぇ。とりあえず、口の中がジャリジャリして耳の中が痒い以外は、問題なさそうッスけど……どっこいしょ」


 キィンと響く妹分たちの声に、我ながら随分じじむさい声が零れた気がする。

 まだ耳は何かに遮られているようで、ちぇーんがんの音さえも遠のいて聞こえていたが、身体を起こせば頭にかかっていた靄は徐々に晴れてきた。

 おぼつかない手でキカンジュウを握りなおしながら、自分なりに記憶の中を整理していく。

 ついさっきまで、タマクシゲはちぇーんがんとキカンジュウをばら撒きながら、敵に取り付かれたり囲まれたりしないよう走り続けていたはず。

 化物の群れが波のように押し寄せてくる中では、流石に自衛戦闘が手一杯であり、ファティマを援護する余裕はなかったが、それでも彼女を敵中に孤立させるわけにはいかないと、シューニャは離れないようにタマクシゲを操っていた。

 その最中だったように思う。自分が衝撃に襲われたのは。

 リュウダンホウが近くに降ってくれば、あんな感じかも知れない。大きな車体は突然激しく揺れ、鉄が弾けたような音を聞いたことまでは覚えている。

 それが何だったのかはわからない。ただ、タマクシゲの様子から現状はなんとなく把握できた。

 口の中を舌で舐め、ザラリとした土を唾に乗せて吐き棄てる。


 ――体は動く。キカンジュウもムハンドウホウもジドーショウジュウも、多分大丈夫。弾もうまい具合に身体で引っかかって、ハッチの中には落ちてない。なら!


 ぐるりと銃口を回す。地面を走る失敗作へ狙いをつけ、きつくトリガを押し込んだ。

 ドドドと耳慣れた音が走り、振動が身体に伝わってくる。問題ない。


「シューニャ、タマクシゲは動けないんスか!?」


『り、リタイをやられたみたい。森の時と同じ。走れそうにはないし、私たちでは修理も――』


「なら、ご主人たちを呼び続けるッス! 身動き取れないんじゃ、いくらも持たないッスよ!」


『わ、わかった! キョウイチ、ダマル、応答して! タマクシゲが動けなくなってる! 援護してほしい!』


 シューニャは必死に無線へ向かって救援を叫ぶ。

 だが、リタイを破壊された時の衝撃によるものか、あるいはご主人たちの身に何か起こったのか、ムセンは黙り込んだまま沈黙を貫いていた。

 それでも敵は迫ってくる。最早、手段は選べないと自分はれしぃばぁへ向かって叫んだ。


「ポーちゃん! 攻撃が間に合いそうになかったら、魔法使ってでもミクスチャを止めて欲しいッス!」


 マキナすら封殺する圧倒的な氷の魔術があれば、この不利な状況を覆すことだって不可能ではない。ポラリスにはまた相当な負担を強いてしまうが、だからといってここで躊躇ってしまえば、未来そのものが潰えてしまいかねないのだ。

 にも関わらず、れしぃばぁが返してきたのは、あまりにも悲痛な声だった。


『そんなの、さっきからやろうとしてるよぉ! でも、なんだかこう、ぐにゃぐにゃしててうまくできないんだってばぁ!』


 その言葉を聞いた瞬間、自分は体の中が空っぽになったような感覚に襲われた。

 魔術のことなんて、才能のないアステリオンにはわからない。いや、きっと扱える当人にすらよくわかっていないのだろう。

 ただ、理由の如何に関わらず、ポラリスがどれほど唸ったところで氷の魔術は発現しない。それだけが、唯一ハッキリとした現実だった。


『あぁぁもぉ、イライラするーっ!! キョーイチ、ピンチだよぉ!?』


「んえぇい、今は考えてる場合じゃないッス! とにかく撃ちまくれぇ!」


『らあああああああ!!』


 ポラリスと共に意味のない叫び声を上げながら、迫り来る化物の大軍へ向かって撃ち続ける。

 ジャラジャラと音を立てて、キカンジュウの薬莢が装甲の上を転がっていく。それと同じ分だけ地面が粟立ち、引き裂かれた死肉が地面へと残された。

 ムセンが繋がらない、ファティマは戻ってこられない、魔術も使えない。考えられる中で最悪の状況だった。

 装甲に跳びついてくる失敗作を、舌打ち1つでジドーショウジュウに持ち替えて引き剥がし、またすぐキカンジュウを握っては地面を荒らしていく。

 ミクスチャならば当然、失敗作であっても複数匹に取り付かれるのは不味い。何せ、ちぇーんがんでは狙いをつけられず、ムハンドウホウやタイセンシャロケットでは爆発に巻き込まれてしまいかねない距離なのだから。

 できるだけ近づかせないようにしなければならない。そう思って撃ち続けていれば、ダンガンの帯はあっという間に吸い込まれていき、間もなくガチンと音を立てて静かになった。


「ッ――りろぉど!」


『えぇぇ!? こっちもいっぱいいっぱいなのにぃ!』


 ぐるりとホウトウを回しながら、ちぇーんがんは大鼓を打ち鳴らすような音を立て、化物目掛けて火炎を噴き続ける。

 一刻も早く攻撃を再開しなければ。そう思い焦る心を深呼吸で抑えつけ、キカンジュウから空になった弾倉を引き抜いて投げ捨てる。そして足元に積んであった新しい弾倉をぶち込み、帯状に繋がれた弾帯を引っ張り出して既定の位置へ乗せた。

 いつしか手慣れたりろぉど作業は、何かに躓くこともなく確実に進んでおり、生まれた隙は最低限だったと思う。

 だが、フィードカバーを上から叩いた時である。外からカーンという金属を叩くような音が耳に届いたのは。


『ファティ姉ちゃん!?』


 ポラリスの声に振り向いた先。そこにあったのは、地面へ突き刺さったミカヅキと膝をつくファティマの姿。

 その前に立ったキムンが、大きく錨を振り上げる。

 どうしてか、戦場の喧騒と化物の耳障りな音に包まれる中、その不敵な声だけが、やけにハッキリ聞こえた気がした。


「くふふ、残念だったね。けど、楽しかったよ、猫ちゃん」


 全身が強張る。自分の意識だけを残し、世界の流れがゆっくりになったように感じる。

 呆気に取られていたことで、反応は一瞬遅れた。手はりろぉど作業のために、こっきんぐればぁを握ったまま。反対側を狙っていたキカンジュウを回している時間はない。

 迫ると失敗作も見えたが、知った事かとぶら下げていたジドーショウジュウに持ち替える。しかし、早く、早くと思っても、身体は世界と連動しているのか、ゆっくりしか動いてくれなかった。


 ――間に、合えぇッ!


 乾いた音が木霊する。それを鏑矢にして、世界が元の流れを取り戻したような気がした。

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